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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

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2018年 7月 15日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の計画の実現を見る』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 12:37-42/旧約聖書
12:40-41 イスラエル人がエジプトに滞在していた期間は四百三十年であった。四百三十年が終わったとき、ちょうどその日に、主の全集団はエジプトの国を出た。

 人の言葉が空しく聞こえる時代だと感じていますが、神の言葉の確かさは昔も今も変わりません。
 真夜中、神が語られた計画が実行に移されました。エジプトの王も人々をも例外なく襲う最悪の悲劇である初子の死…。この夜、エジプトには激しい泣き叫びが起こりました。それは、真の神を恐れず、信じず、繰り返し語られた神の言葉に耳を傾けなかった結果です。
 エジプトはすぐに反応しました。「みな死んでしまう」と訴え、王はモーセを呼んで「出て行け」と。また、エジプト人は彼らに贈り物をしました。一方で「入り混じって来た外国人」が一緒に脱出したようですが、おそらくエジプト人も含まれていたでしょう。早々に回心した人もいたようです。
 この日が訪れることはすでに語られていたことですが、神はもっとずっと昔にも語っておられたのです(創世記15:13—14)。神を信じ、神を求めて生きる人たちは神の計画の実現を見る者となるのです。苦しみの日はやがて閉じられ、神の愛と平和の中に導き入れられるのです。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 7月 22日(日)の予定 ☆★☆
 『この日を覚えていなさい』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 13:1-16/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
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子どもたちへ! “ちっちゃな夏まつり” ですよ!! [スペシャル☆ニュース!]

『教会で… ちっちゃな 夏まつり』 に来ませんか?


毎年行っているこのイベント。基本的にゲーム大会です。
[exclamation×2]いろいろなゲームを楽しんで・・・、ポイントをためて・・・、そして、おやつをもらっちゃおう![exclamation×2]

どなたでも参加できます。お金はかかりません。
ぜひ皆様、お出かけ下さい。心よりお待ちしております。
☆7月15日(日) 午後2:00~3:30
タグ:お知らせ
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2018年 7月 8日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『二本の門柱とかもい』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 12:3-28/旧約聖書
出エジプト記 12:13 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。

 人々が様々な時にどのように行動するか、それはそのままその人の生き方となって現れるものでしょう。
 神様はエジプトに対して最悪の悲劇を実行する前に、イスラエル人に大切なことを命じました。傷のない雄の子羊の血を家の門柱とかもいに塗るようにというものでした。イスラエル人の命のために子羊の命が犠牲となるのです。これが神様が用意した救われるための方法でした。
 イスラエル人たちはどのように行動したでしょうか。人々はこの命令を実行し、二本の門柱とかもいに子羊の血を塗りました。これを見て神様のさばきは確かに過ぎ越されるのです。この時の人々の行動はまさに信仰の現れであり、神様の言葉に従って生きることの表明となりました。
 イスラエル人たちはこの神様による救いの御業を記憶していくのです。この時の出来事は過越祭として毎年祝い、子や孫たちに引き継ぎます。私たちも罪赦され、イエス様の十字架によって救われたことを記憶し、それを家族たちにも語り伝え、この恵みと喜びをつないでいきましょう。

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☆★☆ 次週 2018年 7月 15日(日)の予定 ☆★☆
 『神の計画の実現を見る』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> 出エジプト記 12:37-42/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
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2018年 7月 1日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『解放の日がやって来る』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 11:1-12:2/旧約聖書
11:7 しかしイスラエル人に対しては、人から家畜に至るまで、犬も、うなりはしないでしょう。これは、主がエジプト人とイスラエル人を区別されるのを、あなたがたが知るためです。

 エジプトの王パロはまことの神様と対決した結果、暗闇に閉じ込められる状況になってしまいました。
 なぜエジプトの王は、どんな災いが起きてもイスラエル人を引き留めたのでしょうか。なぜ神の声に耳を傾けようとしなかったのでしょうか。自分たちの都合や利益を優先し、高慢であったことは間違いありません。しかし、そのために取り返しのつかない悲劇を自ら引き受けることになりました。
 最悪の悲劇が行われるとエジプト人に告げられる一方で、イスラエル人にはそれは全く起こらないのです。神に対して心をかたくなにして生きる人々と、神を信じ、その声に聞き従う人々の区別がここにあります。神様は今、救いの道を示して、全ての人々に呼びかけておられます。
 人々が待ち望んでいた解放の日がいよいよやって来るのです。最初、イスラエル人も信じられなかったこの日が約束通りに訪れるのです。神の御心は確かなのです。「いくら神様でも…」と思いたくなるほど苦しい中にあっても、神様はその権威をもって救いの計画を実行されるのです。

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☆★☆ 次週 2018年 7月 8日(日)の予定 ☆★☆
 『二本の門柱とかもい』 
  <聖書の言葉> 出エジプト記 12:3-28/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
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2018年 6月 24日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『いつまでも続く喜び』 ※特別礼拝


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 4:3-15/新約聖書
ヨハネの福音書 4:13-14 「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」

 イエス様の優しさを思う場面はいろいろありますが、皆様ならどの場面を思い起こすでしょうか?
 「サマリヤを通って行かなければならなかった」(4節)はその優しさの一つです。ユダヤ人は決してサマリヤ人と交流しようとはしませんでしたから、そこを通過することはあり得ないことなのです。しかし、そこには魂が激しく飢え渇いた女性がいました。イエス様は彼女に会いに行ったのです。
 人間には肉体だけでなく魂があります。肉体が飢え渇くなら魂も飢え渇くはずですが、多くの人は肉体が満たされれば足りると思っているところがあります。魂の渇きに鈍いのです。サマリヤの女性もイエス様が「永遠のいのちへの水」のことを話した時、実際の水だと思ったのです。
 イエス様は私たちを満たす泉です。その言葉が私たちの魂を満足させ、イエス様が共にいて下さる中に私たちの魂はいつまでも潤っていることができるのです。人生の大きな痛みを抱えていた彼女はイエス様と出会って変えられました。いつまでも続く喜びの人生へ…。

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☆★☆ 次週 2018年 7月 1日(日)の予定 ☆★☆
 『解放の日がやって来る』 
  <聖書の言葉> 出エジプト記 11:1-12:2/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
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人生という名の航海において [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
人生はよく、いろんな事にたとえられます。
それは「戦い」であり、「格闘」であり、「旅」であると…。
人生とは「なぎ」になる保証の無い「航海」のようにも思えます。
海の波を前にした時、その大小に関わり無く、私たちの存在は小さく、そして弱い者です…。
しかし、私たちには約束の御言葉があります。
「あなたは海の高まりを治めておられます。その波がさかまくとき、あなたはそれを静められます」と(詩篇89:9)。
私たち「小船」に強い波風が打ちつける時、この約束の御言葉を思い起こし、信じ、また神様、あなたご自身を信じる者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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☆ 教会カフェ ☆ [スペシャル☆ニュース!]

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『教会カフェ』にいらっしゃいませんか!


私たちの教会では、 “教会カフェ” を行っています。
地域の皆様に気軽にご利用いただいて、気分転換、安らぎのほっとひと息を過ごしていただけたらと願っています。
利用料金はいただきません。
土曜日の午後1時~5時、毎月2回位の実施を計画しています。
詳しい日程などは下記のとおりです。
皆様のお出でを心よりお待ちしております。

2018年7月~9月の予定

  7月/  7日(土) 、 21日(土)
  8月/  4日(土) 、 18日(土)
  9月/  1日(土) 、 22日(土)

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タグ:お知らせ
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2018年 6月 17日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『ひとりではない喜び』 ※特別礼拝


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 11:17-26/新約聖書
ヨハネの福音書 11:34—36 「彼をどこに置きましたか。」 彼らはイエスに言った。「主よ。来てご覧ください。」 イエスは涙を流された。そこで、ユダヤ人たちは言った。「ご覧なさい。主はどんなに彼を愛しておられたことか。」

 人の悲しみに寄り添う…、わかっていても、なかなか思ったようにはできないことではないでしょうか。
 マルタとマリヤの姉妹とその兄弟ラザロの3人暮しの家族がありました。ある日、ラザロが病気になりました。マルタたちはイエス様にラザロのことを伝えましたが、イエス様は間に合いませんでした。この家族に悲しみが訪れたのです。この家族にとってラザロの死は激しい痛みとなりました。
 ラザロの死から四日目、イエス様はマルタたちのところにやってきました。彼女たちの涙、周囲の人たちの涙を見、「イエスは涙を流された」ました。ラザロを愛し、この家族を愛するイエス様は、この時、共に涙を流されたのです。悲しみを理解し、寄り添い、その場に来て下さるのです。
 イエス様の愛は私たちが悲しんでいる時にも注がれています。イエス様は、多くの言葉で励ますよりも、悲しみの場に来て下さるお方です。涙を流す者の横に来て、共に涙を流して下さるお方なのです。私たちをひとりにしないよと語りかけて、深い愛を注いで下さるのです。
 
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☆★☆ 次週 2018年 6月 24日(日)の予定 ☆★☆
 『いつまでも続く喜び』 ※特別礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 4:3-15/新約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
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2018年 6月 10日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『赦されて生きる喜び』 ※特別礼拝


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ルカの福音書 7:36-50/新約聖書
7:50 しかし、イエスは女に言われた。「あなたの信仰が、あなたを救ったのです。安心して行きなさい。」

 私たちは人のことをついつい裁いてしまうところがあります。しかも自分のことは棚に上げて…。
 パリサイ人シモンがイエス様を家に招きました。そこに罪深い女性がイエス様に会うためにやってきました。シモンにとってこの女性は罪深く、近づきたくない存在でした。彼にとって彼女の過去が問題であり、その過去を見て裁き、見下していたのです。私たちに同じ傾向はないでしょうか。
 イエス様は彼女の過去を知っていました。同時に彼女が現在、罪を悔い改めたことも知っていました。イエス様にとって彼女は、罪深い女性ではなく罪赦された女性なのです。罪を悔い改めた者を受け入れるイエス様の愛がここに溢れています。彼女はその愛に応えて行動をしたのです。
 私たちの住む社会は時に優しく、時に冷たい所があります。暗い過去が知られた時に偏見が生まれ、周囲の態度が変わることは珍しくないでしょう。けれどもイエス様の愛は私たちの過去を含めて全てを包み、私たちを愛し、赦し、受け入れて下さいます。ここに喜びがあるのです。

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☆★☆ 次週 2018年 6月 17日(日)の予定 ☆★☆
 『ひとりではない喜び』 ※特別礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 11:17-26/新約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
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労苦があっても・・・ [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
人の一生は「労苦とわざわい」(詩篇90:10)の連続だと、モーセは言いました。
確かにそうです、生きていく事に困難はつきものです。
そのような現実において、「神のなさる事は、時にかなって美しい」との聖書の御言葉を思い巡らしています。
私たちは「神のなさる事」を信じる者として、困難のただ中にあっても、あなたが私たちを楽しませてくださるものがある事を知っているのです。
それは労苦の無い事にある幸いではなく、たとえ労苦があっても、生きる事そのものを喜ぶ幸い…。
どのような時にも、その幸いの中に私たちを生かしてくださいますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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