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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

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2019年 2月 17日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『柔和な者の幸い』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 民数記 12:1-3/旧約聖書
マタイの福音書 5:5 柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。

 穏やかに生きたいものですが、批判されたり、強い口調で文句を言われると心が乱れてしまいます。
 身内からの非難/モーセは姉ミリヤムと兄アロンから妻のことで非難されました。しかしそれは口実で、本当の問題は別な所にありました。それは嫉妬です。モーセだけが神から特別扱いを受けていることが妬ましかったのです。感情的な言葉に向き合うことは簡単ではありません。
 非難への対処法/モーセはこの時、何も語らなかったようです。慌てて自己弁護したり、感情的に反論することもありませんでした。おそらくこの問題は神に委ねるべきものだと判断し、自制(じせい)したのです。聖書はこの時のモーセを「謙遜」と表現しています。これは「柔和」と同じです。
 柔和な者の幸い/イエス様は「柔和な者は幸いです」と言われました。これは優しいとか穏やかということではなく、自我を主張しないで神の御心に全てを任せる毅然とした生き方のことです。これはモーセの生まれつきの性格ではなく培われたものです。これに倣いたいものです。

☆★☆ 次週 2019年 2月 24日(日)の予定 ☆★☆
 『その生き方にならう者となる』
  <聖書の言葉> 民数記 12:4-16/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

タグ:聖書のお話
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神を待ち望め [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
「主イエスよ、来てください」との待つ姿勢で新約聖書の黙示録は閉じられています。
信仰生活とは、ある意味では「待つ」こと…、なのでしょう。
どんなに苦しく、そして辛くても、あなたを待ち望む時、人間の力が支配していると思われる現実にあってあなたのご主権を見るのです。
また、無秩序や偶然でしかないと空しさを感じるこの地の上にあって、あなたの導き、御手のわざを見ることができます。
「わがたましいよ…神を待ち望め…」(詩篇42篇より)
私たちは日々、あなたを待ち望みます。
神様、ありがとうございます。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2019年 2月 10日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『主の手は短いのだろうか』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 民数記 11:18-23、31-35/旧約聖書
エレミヤ書 32:17 ああ、神、主よ。まことに、あなたは大きな力と、伸ばした御腕とをもって天と地を造られました。あなたには何一つできないことはありません。

 民たちは神に向かって叫びました。不平不満が溜まっていたからです。結末はどうなったのでしょうか。
 かなえられた罪深い欲望/民たちは神からの食物に飽きていました。感謝を忘れ、自分勝手な願望に心が支配されたのです。それは罪深い欲望でしかありません。神は民に肉を備えてくださいましたが、罪の代償を払うことにもなりました。自分の願望をチェックする機会が必要でしょう。
 主の手は短いのだろうか/モーセはこの時、意外なことを口にしました。大勢の民たちのためにひと月もの間、肉を食べさせるなんてできるのか。神の力は変わることがありませんが、私たちが神を見る目が変化することがあることがわかります。何が私たちの信仰を弱くするのでしょうか。
 偉大なる神の力への信頼/もう一度、いいえ何度でも、神の偉大な力を確認すべきでしょう。神の素晴らしさを、神がどれほど偉大なことを私たちのためにして下さったか、そこから目を離してはならないのです。信仰を小さくし、弱くするものを退け、神の力を信頼してまいりましょう。

☆★☆ 次週 2019年 2月 17日(日)の予定 ☆★☆
 『柔和な者の幸い』
  <聖書の言葉> 民数記 12:1-3/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

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山あり谷ありですが… [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
あなたへの信仰をもって生きていても、そこには山があり、谷があります…。
決して平坦なものではありません。
けれども、ここにおいても天の雨の潤いを受ける事ができるのですね。
「しかし、あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地は、山と谷の地であり、天の雨で潤っている」(申命11:11)。
私たちは困難や損失を恐れる者ですが、そこでこそあなたからの養いが受けられるのです。
そして何よりも、私たちと共にいてくださるあなたを知る事ができます。
神様、ありがとうございます。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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2019年 2月 3日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『辛い日々の中での叫び』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 民数記 11:1-17/旧約聖書
詩篇 5:1-2 私の言うことを耳に入れてください。主よ。私のうめきを聞き取ってください。私の叫びの声を心に留めてください。私の王、私の神。私はあなたに祈っています。

 不平や不満はどこにでもあるでしょう。但し、その中身やその人の心の向きなどは同じではないでしょう。
 民たちの叫び/不平不満が溜まっていたようです。民たちが「主につぶやいた」のです。途端に神の怒りに触れているので、おそらく高慢な思いから出た叫びなのでしょう。また、持っている物よりも持っていない物に目を向けた叫びも口にしました。神はこれらを否定的に取り扱っています。
 モーセの叫び/モーセも神に向かって叫んでいます。この時、神はモーセには応答して下さいました。この叫びは祈りそのものだったのです。辛い日々の中、また相変わらずの民たちの振る舞いを見る中で、モーセは限界を感じたのです。「これ以上、私を苦しみに会わせないで下さい」。
 神に叫び祈る/現在の辛い状況は神に責任があるのだと高慢になって叫ぶのか、「私の叫びの声を心に留めてください」と神を信頼して祈るのか…。この違いは大きいと思います。これは自分との闘いかもしれません。私たちは全ての問題を神に向けて祈る者となりましょう。

☆★☆ 次週 2019年 2月 10日(日)の予定 ☆★☆
 『主の手は短いのだろうか』
  <聖書の言葉> 民数記 11:18-23、31-35/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

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2019年 1月 27日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神のことばと私たち』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 民数記 9:15-23/旧約聖書
民数記 9:23 彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った。彼らはモーセを通して示された主の命令によって、主の戒めを守った。

 すぐに動き出す人があり、全てに慎重に取り組む人がおります。人の行動はとても興味深いものです。
 行動を左右するもの/聖書の人物を見てわかることですが、不安から行動する人、欲に流されて行動する人、自分の立場を守るため、人に好かれるため、中には憎しみを抑えられずに…と、実にさまざまです。行動を左右するものは人それぞれですが、ここには知るべき基準があります。
 進むこと留まること/エジプトを脱出して前進して来た民たちは、幾多の試練を乗り越えながら、シナイ山にやってきました。ところがこの地にはとても長く留まり動きませんでした。幕屋を完成させることや人口調査という大切な取り組みもあったからです。すべて神の計画でした。
 神のことばと私たち/聖書は繰り返し「彼らは主の命令によって宿営し、主の命令によって旅立った」と言っています。自分の考えや計算だけで進むのは自分中心、神の御心に従って前進するのは神中心。神のことばに自分を従わせるという行動基準がここにあります。

☆★☆ 次週 2019年 2月 3日(日)の予定 ☆★☆
 『辛い日々の中での叫び』
  <聖書の言葉> 民数記 11:1-17/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

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あなたを見失う時・・・ [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
逆境の中であなたを見失う場合もありますが、恵まれた時にあなたを見失う場合もあるのです…。
恵まれた境遇に置かれることによって何かが起こるのです。
それは慢心であり、いつしか心にゆるみができて、やがてこの世を愛するようになるのです。
そしてやがて、あなたから離れていってしまう…。
「ただ、あなたはひたすら慎み、用心深くありなさい」(申命記4:9)
逆境の中でこそあなたに出会い、恵まれた時には自らを慎み、決してあなたから離れていってしまうことがありませんように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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2019年 1月 20日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『やり直すことのできる幸い』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 出エジプト記 33:7-23/旧約聖書
出エジプト記 34:6-7 主、主は、あわれみ深く、情け深い神、怒るのにおそく、恵みとまことに富み、恵みを千代も保ち、咎とそむきと罪を赦す者、罰すべき者は必ず罰して報いる者。父の咎は子に、子の子に、三代に、四代に。

 神の愛は私たちの想像を超えています。民の罪は重大でしたが、神はそれを乗り越えるのです。
 神の栄光ある姿を見る/神の栄光を見たいと願ったモーセに神が見せて下さったものは、罪をさばく恐ろしい神の姿ではなく、神の愛、深いあわれみ、恵みに富んでいる姿です。私たちはこの神の栄光ある姿を知り、感謝し、この神に似た者とされていきたいと思います。
 契約が更新される幸い/民の罪のために十戒を記した2枚の石の板は失われましたが、神は、再びこの十戒の石の板を民に与えて下さいました。神と民との契約は更新されたのです。契約を破ったのは民ですが、神の愛とあわれみの故に、民はやり直すことができるのです。
 神が共にいることの証/モーセは神との交わりの後、顔が光を放ったようです(34:29、30)。これによって民は、モーセと共に神がいることを知りました。私たちも、神との充実した祈りの時間を持つことによって、神が共におられることを周囲の人々に証しすることができるのでしょう。

☆★☆ 次週 2019年 1月 27日(日)の予定 ☆★☆
 『神のことばと私たち』
  <聖書の言葉> 民数記 9:15-23/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

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2019年 1月 13日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の民に不可欠なものとは…』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 出エジプト記 33:7-23/旧約聖書
出エジプト記 33:16 私とあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになって、私とあなたの民が、地上のすべての民と区別されることによるのではないでしょうか。

 神を悲しませたことで民たちは、神が共に旅をしてくれないという決意を聞くことになってしまいました。
 顔を顔とを合わせて祈る/モーセはこの時も神に向かい祈りました。神に祈ることなしに神の民としての在り方などないのです。「主は、人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた」のです。祈りを通して神との親しい交わりがある、これこそ神の民の姿なのです。
 主よ共に旅をして下さい/モーセは何を祈ったのでしょうか。それは神が共に旅をしないという決意を思い直し、再び一緒に旅をして下さいというものでした。神が共にいない悲惨を知ったからです。神の民であることは、神が共に人生を歩んで下さることによって明らかにされるのです。
 主の栄光を見せて下さい/モーセは神の栄光を見せて下さいと祈りました。神の顔を見ることはできないことでしたが、その後ろ姿なら見られると…。神の後ろ姿、それは神が何をなさったかの足跡、神の業の結果です。神の民はその神の力ある御業を見、感謝する者たちなのです。

☆★☆ 次週 2019年 1月 20日(日)の予定 ☆★☆
 『やり直すことのできる幸い』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 34:4-10/旧約聖書

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2019年 1月 6日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『「離れる」という選択』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 出エジプト記 33:1-6/旧約聖書
出エジプト記 33:4 民はこの悪い知らせを聞いて悲しみ痛み、だれひとり、その飾り物を身に着ける者はいなかった。

 私たちは目の前にあるものに流される傾向がある一方で、目の前からなくなると不安になったりします。
 民の神に対する罪/十戒を受け取りに行ったことでモーセが一時的に目の前からいなくなった時、民は不安になり、金の子牛という偶像を作って礼拝するという罪を犯しました。素晴らしい神の御業を何度も経験し、神の言葉に従う決意を抱きながらも民は神を裏切ってしまいました。
 神の悲しみと決意/それは民をその苦しみから解放するために力を尽くした神を悲しませました。モーセのとりなしで怒りを収めたものの、神はもう共に旅をしないと決意します。神の悲しみを民に伝えるための教育的な方法です。約束の地を目指すことに変更はありませんでしたが。
 離れるという選択/民は神が共に旅をしないことを聞いて神の悲しみを知りました。彼らは罪へと誘惑した飾り物から手を離すことにしたのです。目の前にあるものに流されるからそこから離れるという選択です。私たちも、もし罪へと誘うものが目の前にあるなら、それから離れるべきです。

☆★☆ 次週 2019年 1月 13日(日)の予定 ☆★☆
 『神の民に不可欠なものとは…』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 33:7-23/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。

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