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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

無になって [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
あなたは無から世界を創造されました。
だから私たちは無になることを恐れてはいけないと思うのです。
自分は何か持っている、何かしているとか、自分が先立っている間は、それは無ではないでしょう。
神様、あなただけしかない、あなたのほかには何もないという思い、信仰を持てた時にはじめて、あなたはみわざをなさいます。
自分が無となり、あなたのほかに何も持たない人において、自分の思いや考えでなくて、あなたのみことば、みこころが先に立つ歩みができるのでしょう。
私をそのような人へと成長させてください。
そして、あなたの豊かなみわざを見る者としてくださいますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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『どこまで関われるか』(近所のおばあちゃん:その2) [エッセイ/共に喜び、共に泣いて]

◆ 私が出会った人たち ◆ <連載 8>


 教会の近くでのおばあちゃんとの小さな出会い。これを機会におばあちゃんは礼拝に来てくれるようになった。ただ、一人暮らしで、心臓に病気もあり、地面を擦るようにして歩く姿を見ていると、いつどこで転ぶかわからない。心配になってきた。
 日曜日に教会で会う以外にも時々訪問するようになった。そしていつの間にか買い物を手伝うようになった。食料品などに加えて鳥の餌も必需品だったから…。また、通院に付き合うこともあった。
 何度も何度も自動車を出してサポートしてきたが、いよいよ心臓の病気のために入院する事態になってしまった。やはり一人暮らしはもう無理かと感じた。
 仕方のないことだったが、おばあちゃんの通帳を預ることになり、お金の管理を引き受けた。唯一人と言ってもよい親戚の方と連絡は取れたが、全部こちらに任せると。もちろんお金の管理の仕方も含めて…。
 お見舞いに行った時、思いがけないことが起きた。おばあちゃんから「私の通帳、見せて!」と言われたのだ。そしておばあちゃんから「泥棒!」と叫ばれてしまった。
 実は、ATMが使えない通帳だったので、親戚の承諾を得て、私名義の口座を開設して管理を始めた矢先だったのだ。
 まさかこんなことが…。理由も何も一切聞く耳なし。全てを元に戻した通帳を見せるしか方法がなかった。長い付き合いのおばあちゃんとの間に生じた亀裂…。落ち込んだ。ただ、同じ病室の方から同情の声をいただけたのが唯一の救いだった。
 どこまで関われるのだろう…、そんな難しさを経験した。しかし、放っておくわけにはいかない。何を言われてもこの関わりが終わることはなかった。    

〔2016.12/ほっとひと息・第108号〕

タグ:エッセイ
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『自分の言葉は大丈夫か』 [コラム Column こらむ!]

 最近、自分に問いかけたことがあります。果たして「自分の言葉は大丈夫か…」と。
 米国の大統領選挙で一人の候補者は、敵を作っては攻撃し、聴衆もそれに同調していきました。「自分たちが日頃思っていたことを代わりに言ってくれた」からだと…。
 もし遠慮のない発言を言われる側だったら、同じ言葉で反論するかもしれません。
 沖縄でヘリパッド建設に反対する住民と機動隊が衝突する中、機動隊員から差別発言が飛び出しました。戦時中も戦後も集中的に苦しめられてきた沖縄の歴史を思ったら、あの見下した発言は許されません。
 しかし、沖縄の方々があの発言に苛立っている程に、いわゆる本土にいる私はあの発言を問題視していただろうか…。
 インターネット上で飛び交う言葉は時に辛辣です。攻撃対象が見つかると我先にと厳しい言葉が書き込まれていきます。その言葉はだいたい感情的で、威圧的でもあります。匿名的な世界だからかもしれませんが、制御が働かないように見えます。
 我慢ならないと思うニュースを知った時、テレビの前で、新聞を開く手をそのままに暴言のような言葉を小声で吐く自分がいます。誰も聞いていないという前提で…。
 その時に思い起こした言葉があります。「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。」(エペソ4:29)私の口にも見張りが必要だと気づかされます。

〔2016.12/ほっとひと息・第108号〕

タグ:オピニオン
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『光を見失っている方へ』 [バイブル・メッセージ]

 皆様、お変わりありませんか。
 私たちの人生、良い時もあれば悪い時も訪れるものです。ただ、その沈んだ状態が私たちを大きく揺さぶるから厄介です。
 牧師のところにはいろいろな人からの相談が飛び込んでまいります。ある人は何をやってもうまくいかないと苦しい胸の内を話して行かれます。ある人は人を信じて逆に傷つけられてしまったと…。またある人は、出口が見えずに疲れ果て生きる意味さえ見失ってしまったと重い口を開きます。
 光が消えた、光に見放された、自分は暗闇の中に落ち込んでいると感じていらっしゃる方は多いことでしょう。
 聖書には幸いな言葉が記されています。
 「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。」(イザヤ書9:2)
 光が注がれるという約束です。神様が私たちを光で照らして下さるのです。
 光を見失うことはあっても、光そのものを失うことはないのだと気づかされます。光は希望です。光には温もりや安心があります。光は心に命を灯すでしょう。
 神様はその光を具体的な形で明らかにして下さいました。それがクリスマスの出来事、救い主イエス様の誕生なのです。すでにこの光は私たちのところに届けられ、誰でもすぐに受け取れるものなのです。
 イエス様は次のように言われました。
 「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)
 神様から与えられる光に照らされて歩む中に、私たちの歩みは落ち着きを取り戻すでしょう。神様の愛の光の中に生きるなら、苦しい状況があってもそこは決して暗闇ではありません。もう光はどこへも行かず、消えることもないからです。クリスマスはこの光が輝く時です。-牧師-

〔2016.12/ほっとひと息・第108号〕

タグ:聖書のお話
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2017年 3月 26日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『それはわたしです』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 18:1-14/新約聖書
18:4-5 イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、「だれを捜すのか」と彼らに言われた。彼らは、「ナザレ人イエスを」と答えた。イエスは彼らに「それはわたしです」と言われた。

 イエス様を逮捕する準備を整えた人々は数百人規模に及んでいたと思われます。そこにはイエス様の弟子の一人イスカリオテ・ユダもいました。悪の手は夜に動きました。
 この時、自分に向かってきた人々に向かってイエス様の方から声をかけました。「『だれを捜すのか』と彼らに言われた。彼らは、『ナザレ人イエスを』と答えた。イエスは彼らに『それはわたしです』と言われた。」
 「それはわたしです」というイエス様の言葉は「わたしこそ神である」という宣言そのものでした。イエス様の言葉にある力と権威を前にして人々は後ずさりし、倒れてしまったと記されています。
 イエス様はご自分を神と宣言する中で、逮捕の対象は自分一人であり、そばにいた弟子たちは関係ないとして弟子たちを守られたのです。
 弟子のペテロは混乱し剣を抜きましたが、イエス様に止められました。神の御心に委ねるべきことを悟らせるためであったでしょう。人間的な力で問題解決を図るのを止めさせたのです。主の御手に委ねよ、と。

☆★☆ 次週 2017年 4月 2日(日)の予定 ☆★☆
  『この人には罪を認めません』
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 18:28-40、19:1-16/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 3月 19日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『ろばに乗った救い主』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 12:12-18/新約聖書
12:14-15 イエスは、ろばの子を見つけて、それに乗られた。それは次のように書かれているとおりであった。「恐れるな。シオンの娘。見よ。あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」

 いったいどの位の群衆がイエス様を出迎えたのでしょうか。イエス様についてきた群衆と都エルサレムで待ち受ける群衆。イエス様の最後のエルサレム入城はまさに歓喜の渦の中でした。「万歳!」さながら「ホサナ」と人々は叫んだのです。
 イエス様はろばに乗られました。しかもそれは子ろばでした。見栄えのしないものだったかもしれません。軍馬にまたがった方が勇ましいことでしょう。しかし、平和の君として来られたイエス様は平和を表わすろばに乗られました。ここにイエス様がこの地に来られた意味がありました。
 人々はこの時、誤解していました。今こそイエス様は自分たちユダヤ民族をかつての栄光ある姿に回復させてくれる政治的な王様と確信したのです。自分たちの期待をイエス様に重ねて熱狂し、出迎えたのです。これは信仰とは言えません。聖書の言葉に耳を傾けて従うのではなく、自分の願望を第一にしてイエス様に期待するだけだからです。私たちは御言葉に耳を傾け、救い主としてを心に迎えたいものです。

☆★☆ 次週 2017年 3月 26日(日)の予定 ☆★☆
  『それはわたしです』
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 18:1-14/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 3月 12日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『心を開いて』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:11-7:4/新約聖書
7:2 私たちに対して心を開いてください。

 「私たちに対して心を開いてください。」とパウロは言いました。いろいろと厳しいことを言わなければならなかったコリント教会の人々との信頼関係を深めたい気持ちがここに見られます。それは父親から子どもへの語りかけにも似ています。
 「心を開いてください」と言う中で、パウロ自身が「私たちの心は広く開かれています」と言いました。自分自身が心を開くことなくして人にそれを求めることはできないでしょう。
 自分の方から心を開くことは、相手への信頼の証しです。「あなたがたは、私たちとともに死に、ともに生きるために、私たちの心のうちにあるのです。私のあなたがたに対する信頼は大きいのであって、私はあなたがたを大いに誇りとしています」と。パウロの目には彼らとの強い絆が見えているのでしょう。常に流れているもの、それは愛です。

☆★☆ 次週 2017年 3月 19日(日)の予定 ☆★☆
  『ろばに乗った救い主』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 12:12-18/新約聖書
タグ:聖書のお話
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『医療を通じて、愛を世界へ』 [スペシャル☆ニュース!]

『医療を通じて、愛を世界へ』

日本海外医療協力会 活動報告会へご招待!


3月 19日(日) 12:20~13:10

 皆様いかがお過ごしでしょうか?日頃より使用済み切手運動にご協力くださり心より感謝申し上げます。
 この度、この使用済み切手運動を進めている日本キリスト教医療協力会(JOCS)が活動報告会を当教会にて行ってくださることになりました。ぜひ皆様にもご出席いただき、海外医療協力の働きに関心を寄せていただけたら幸いです。

 日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)は、キリストの愛の精神に基づき、アジア・アフリカの国々への保健医療従事者の派遣や奨学金支援、および現地団体との協働プロジェクトを通じて、保健医療協力を行っています。1960年の創立以来、60人を超える保健医療従事者を派遣し、600人以上への奨学金支援を行ってきました。JOCSは、すべての人々の健康といのちがまもられる世界を目指しています。(「JOCS 2015年度 年次報告書」より)

2017.03.19 特集/「日本キリスト教海外医療協力会」活動報告会.jpg

タグ:お知らせ
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2017年 3月 5日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『何も持たないようであっても』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:1-10/新約聖書
6:10 (私たちは・・・)、悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。

 「神の恵みをむだに受けないように」と言われています。いろいろな外からの影響や経験するさまざまな出来事により信仰がかき乱されることがあるかもしれません。しかし私たちは、神の恵みによって今の自分があることを忘れてはなりません。
 「あらゆることにおいて自分を神のしもべとして推薦している」と言われています。そのあらゆることとは、忍耐、悩み、悲しみ、嘆き・・・、私たちが歓迎しないもの、避けていきたいものばかりです。けれども、パウロはそれらの経験したことをすべて活かす生き方をしているのです。困難もひとつのチャンスとして受け止めていたのです。
 信仰を持って生きる、神の恵みを受けて生きることを見つめ直したいとと思います。それは世の価値観とは違うもの、むしろそれを乗り越えているのです。「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、・・・何も持たないようであっても、すべてのものを持っています」と。神の恵みを受けて生きる者、イエス様を信じて生きる者の豊かな姿が現れています。

☆★☆ 次週 2017年 3月 12日(日)の予定 ☆★☆
  『心を開いて』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:11-7:4/新約聖書
タグ:聖書のお話
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愚かな私たちのために… [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
御子イエス様が都エルサレムに入られた時、人々の歓迎ぶりは大変なものでした。
その歓迎した人々は、その数日後には「十字架につけろ」と叫びました。
なぜ、全てを分かっておられるイエス様は、群衆に向かって、「あなたたちの歓迎を受ける訳にはいかない。あなたたちは結局私を十字架につける者だ」と言われなかったのでしょうか…。
この人々の愚かさは私たちの愚かさであり、この人々の罪は私たちの罪です。
しかしその愚かな者である私たち罪人が、あなたに向かって「救ってください」という叫びをあげるのを、イエス様はよく聴いてくださいました。
そしてこの愚かな者を救うため、愚かな私たちを救うために、イエス様は王として都エルサレムに入られました。
真実の愛をもって、あふれる恵みをもって、この愚かな私たちの切実な叫びに応え、救いを実現してくださったことを感謝いたします。
改めて聖書を開き、神様、あなたの愛と恵みを思うことができることを感謝いたします。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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