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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

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希望のない世界に置かれても [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
イエス様は言われました、「わたしはすでに世に勝ったのです」と。
このことばを思い巡らすとき、困難や苦しみの中に立たされても、必ず勝利の日が来ると信じられるような気がします。
もし墓場のように希望がない世界に落ち込んでいても、イエス・キリストのゆえに、その墓が破られることをかたく信じていかなければと思います。
イエス様の復活は、私たちの人生途上において、どのような意味を持つのでしょう…。
それは墓を破られたイエス様が共にいてくださるので、私たちがどんなに希望のない世界におかれても、そこに閉じ込められることはないのだということではないでしょうか。
復活されたイエス様のゆえに、そこから立ち上がっていく者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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礼拝する者になる [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
ヨハネの福音書9章には、生まれつき目の見えなかった人がイエス様によって救いを与えられたことが記録されています。
彼に与えられた幸いは三つあるように思うのです。
一つは、見えなかった目をあけてもらい、見えるようになったことです。
二つ目は、救い主イエス様に対する信仰の告白に導かれたことです。
そして三つ目、「そして彼はイエスを拝した」とあるように、彼はイエス様を礼拝する者となったのです。
イエス様は私たちを信仰に導き、救いとそれに伴う新しい生活を私たちに与えてくださいます。
この驚くべき神のみわざの故に、あなたに感謝をささげます。
救いに導かれた私たちが、さらに望まれるのは礼拝者となること…。
イエス様、あなたはそのことのために私たちのところに来てくださいました。
どうか、その恵みに応えて「霊とまことによって」あなたに礼拝をささげる者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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試練を受けながら思う [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
どうか、試練の中であなたの真実を経験させてくださいますように。
みことばに「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません」とあるではありませんか。
私たちの出会った試練をすでに誰かが経験している…。
誰よりもイエス様ご自身がすでに経験しておられる…。
今、私たちは、そのイエス様を見上げます。
真実な神様、あなたは私たちの信仰をご存じですから、私たちがつぶれてしまうような試練を許されることはありません。
もし、私たちにとってあまりにも厳しい試練と思われるような時、私たちがそれに耐えられると信任してのことでしょう…。
試練はあなたからの信任状なのかもしれません。
試練をあなたの御手の中で生かし、あなたの栄光を現す者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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香り [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
聖書の御言葉を思い巡らしています。
「この香は聖徒たちの祈りである」
「私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように」
このように、聖書では祈りが「香」にたとえられています。
私たちのささげる祈りが、香のように神様の前に立ち上り、あなたのもとに蓄えられている…。
何と壮大で壮麗なことか…と、心をうたれます。
私たちがすでに忘れてしまっている祈りでさえも、あなたの前には覚えられているのでしょうか…。
私たちが、これからも、信仰と喜びと希望をもち、「御前への香として」祈りをささげていくことができるようにならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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私は何を恐れましょう! [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
イエス様の弟子たちは、闇と嵐のただ中にあった時、不安と恐れに包まれました。
これはまさに私たちの姿でもあります。
そんな弟子たちに、そして私たちに、あなたは力強く語りかけてくださいます。
「わたしだ。恐れることはない」と。
全てはあなたの主権のもとに置かれている…。
そうです、私は何を恐れましょう!
あなたは共にいてくださる方…。
そうです、私は何を恐れましょう!
私たちを導き、あなたが私たちにお与えくださるまことの平安で満ち溢れる者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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祈りが聞かれないのは… [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちに祈りの言葉が足りないのは、おそらくあなたの御心を知らないからではないのか…と思います。
私たちの祈りが聞かれないのは、目先の自分の思いに目を向けているから…でしょうか。
真摯に聖書のみことばのうちに示されている神様の御心を探り求めるより先に、自分の理想を語りすぎているのではないか…。
祈りの言葉を口にする前に、祈りをお聞きくださるあなたの御心を覚えたいと願います。
何よりもまず、聖書のみことばのうちにキリストを見出し、キリストと出会い、キリストにとどまり続けていけるように助けてください。
そして、私たちの心に真実な祈りが生み出され、その祈りの結実を見る者となることができますように…。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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厳しい現実の中で [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちは、今この現実の世界に生きており、それを無視することはできません。
しかし、私たちは今この世界に生きているからといって、現実に埋没してしまう必要はないんですよね。
私たちは今を与えてくれている神様、あなたを信じています。
今のこの現実に生きる私たちのために御子イエス様を与え、愛してくださったあなたを信じています。
それゆえ、望み得ない時にもなお望みをもって生きることができるのです…。
あなたを信じるとは、現実からあなたの御言葉の確かさを求めていくことではなく、御言葉に立って現実を受け入れていくこと…。
たとえ現実はどうであれ、全き愛をもってすべてをご支配なさるあなたのゆえに、この現実を受け取っていくこと…。
悲しみ、苦しみ、涙…、それよりも、いつもともにいてくださる神様(インマヌエル)、このことがイエス・キリストにおいて現実になっている…。
この恵みと憐れみの中に私たちの日々があることを感謝します。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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いばらの真ん中に落ちた種 [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
聖書の御言葉を思い巡らしています。
「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。
また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。
また、別の種はいばらの真ん中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。
また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」
いばらの真ん中に落ちた種についてイエス様は、「いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が熟するまでにならないのです」と。
ここには、あなたの言葉を聞いた心をふさいでしまう三つの事柄が挙げられています。
富や快楽については信仰者として警戒していても、心づかい、思い煩い…軽視していたかもしれません…。
みことばを覆いふさぐものを取り払い、目も耳も心もまっすぐにあなたに向かう者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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混乱の日にあって [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
人生には、時に、驚かされる日もあれば、混乱してしまう日もあります。
答えの出ない疑いに包み込まれて、次に何をしたらよいのか、よく分からないでいる自分に気づく時もあります。
こうして混乱し、うろたえていると、緊張感がすぐ後ろから追いかけて来るのです。
そして、ますます不安の度合いが強まってしまいます…。
神様、私たちのはっきり見えない事柄から私を守り、あなたの光を与えてください。
霧を取り除き、緊張をほぐし、平安へと変えてくださいますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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祈りが終わるとは… [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
少し不思議な聖書の言葉に出会いました。
「エッサイの子ダビデの祈りは終わった」と。
聖書に「絶えず祈りなさい」とあるように、お祈りには終わりはないものと思っていました。
ですから、「祈りは終わった」には戸惑いを感じます。
しかし、「祈りが終わる」ことを思い巡らす中で、それはあなたの御前に自分の一切をゆだねきることなのだろうと気づきました。
何とかして欲しいと叫んだり訴えたりしている間は、自分の欠乏にのみ目が行き、まだあなたの恵みに立っていません…。
あなたの沈黙の前に身をさらした私たちが、ふと、あなたの恵みに気づいて全てをゆだねた時、あなたはご自身の御名によって答えてくださるのでしょう。
終わりをもつ祈り、終わりから始まる祈り…。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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