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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

今週の礼拝(恵みの扉) ブログトップ
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2017年 6月 11日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『不安に弱い私たち』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> マルコの福音書 4:35-41/新約聖書
4:39 イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。

 この時の瞬間最大風速はいったいどれ位だったでしょうか。イエス様と弟子たちが乗った舟は突風に弄ばれ、沈没の危機にありました。イエス様はこの時、何をしたのでしょうか。「黙れ、静まれ」…。大自然がそのひと言で変化したのです。
 私たちは先の見えない出来事に遭えばすぐに不安になります。今まで経験したことがあることであっても不安はやってきます。不安になるための材料ならどこにでもあるでしょう。そして通常、私たちは不安に弱いのです。嵐の中で弟子たちは不安でした。大騒ぎです。イエス様に話しかけている姿も冷静ではありません。私たちと同じ姿がここにあります。
 この出来事を、イエス様の力あるみわざを思い巡らしてみましょう。イエス様は私たちにメッセージを届けているのです。それは私たちのそばにイエス様がいないかのように慌てない事、イエス様は何もかも出来る方であることを思い起こすこと、そして私たち自身も「黙り、静まる」ことです。不安で騒いでばかりの私たちの心に静けさが戻ってくるのです。

☆★☆ 次週 2017年 6月 18日(日)の予定 ☆★☆
『こんな私でもいいのですか』 ※特別礼拝<3>
  <聖書の言葉> ルカの福音書 7:36-39/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 6月 4日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『私たちを囲む神のわざ』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 2:1—11/新約聖書
ヨハネの福音書 2:7-8  イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。イエスは彼らに言われた。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」彼らは持って行った。
マタイの福音書 7:12 それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。

 イエス様は私たちの現実にある問題に無関心な方ではありません。結婚披露パーティでワインが足りなくなった時、イエス様はそれに関わられました。私たちの抱える大きなことでも小さなことでも、イエス様は知っておられます。
 イエス様はこの時、水をワインにするという奇跡を行い、そのお祝いの場を支えました。なぜ美味しいワインがまだ残っていたのか、その理由は裏方の人しか知りません。しかし、イエス様は私たちが知っているか知らないかに関わらず、私たちがそのことを特に願っていたかどうかにも左右されず、その時に最善と思われることを行ってくださったのです。
 「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。」の御言葉をイエス様は実行されたのでしょう。イエス様は私たちに喜びを、私たちに希望を、一人一人に愛を示して下さいます。今、私たちは知らないかもしれません。イエス様が私たちのために行われる奇跡を。しかし、神のわざは私たちを取り囲んでいるのです。

☆★☆ 次週 2017年 6月 11日(日)の予定 ☆★☆
『不安に弱い私たち』 ※特別礼拝<2>
  <聖書の言葉> マルコの福音書 4:35-41/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 5月 28日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『働きにおけるわきまえ』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 10:12-18/新約聖書
10:17 誇る者は、主を誇りなさい。

 世の中にはいろいろな集団がありますが、手柄の取り合い、地位の奪い合い、そうして仲間割れしていくことがあります。やがてその集団そのものが壊れてしまうでしょうか。
 私たちはすぐに誰かと自分を比べるという性質があります。その結果、自分を誇ったり自信を失ったりします。自分を誇る人は他人を低く見る人となり、自信を失う人は他人を妬むようになるかもしれません。このようなことは知恵のないことだと思った方がよいのです。
 私たちに必要なのは自分をわきまえることです。自分の務め、自分に期待されている働きの範囲、そのために与えられている能力や知恵、それらを正しく受け止めていくことです。高慢になってさまざまな役割までも人から奪い取ったり、活躍の場をむさぼるようなことがあってはなりません。
 自分を誇りたいなら神様を誇りさいと勧められています。すべての務めも働きも、そのための能力も知恵も、すべて神様が与えて下さったものです。私たちに誇るものがあるのではなく、素晴らしいのは神様なのです。

☆★☆ 次週 2017年 6月 4日(日)の予定 ☆★☆
『私たちを囲む神のわざ』 ※特別礼拝<1>
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 2:1—11/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 5月 21日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『あなたを立てるために』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 10:1—11/新約聖書
10:8 あなたがたを倒すためにではなく、立てるために主が私たちに授けられた権威については、たとい私が多少誇りすぎることがあっても、恥とはならないでしょう。

 コリント教会を教えてきたパウロには、まだ苦労が続いていたようです。一部にパウロを批判し続ける人がいたようです。パウロもやや強気な手紙を書きました。
 パウロに挑戦してくる人々は、パウロの使徒としての権威を否定し、その話しぶりの弱々しさを批判しました。同じ信仰に立っていながらこれは悲しい態度だと思います。
 私たち信仰に立って生きる者には、祈りがあり、希望があり、愛があり、神の御言葉を受け取っています。聖霊なる神の力が備えられ、私たちは戦わなければならない罪への誘惑に勝利することができるのです。批判する人たちの高ぶりもまた退けられなければならないでしょう。
 パウロは批判されたからと言って、批判者を倒すことを目的としてはいません。同じ信仰に立つ者としてむしろ、彼らを立たせたいのです。その挑戦に対し勝っても意味はありません。彼ら批判する者が高ぶりを捨てて共に立って歩むようになることこそパウロの目標とするところです。

☆★☆ 次週 2017年 5月 28日(日)の予定 ☆★☆
『働きにおけるわきまえ』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 10:12-18/新約聖書
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2017年 5月 14日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『豊かに蒔く者の祝福』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 9:6-15/新約聖書
9:10 蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。

 困窮状態の教会を支援するための献金が求められていました。献金について考えてみましょう。
 献金する者のあり方、それはいやいやながらではなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにすることが大切です。そこに感謝と喜びを加えるべきでしょう。献金は金額ではなく捧げる者の態度が重要なのです。
 豊かに蒔く者に祝福が約束されています。多くの収穫を得るために蒔く種をけちるわけにはいきません。しかし、献金となると自分に必要なお金の不足を心配してしまい、私たちはためらってしまいます。けれども、神様は蒔くための種を、つまり、献金するものまでも備えて下さいます。こうして捧げる者はよりいっそう捧げる者となることができるのです。
 捧げる者はあらゆる点で豊かにされるでしょう。支援を受け取った教会から感謝や賛美があふれ、神様の恵みを覚えて捧げ物をした一人一人を慕うようになるのですから。捧げ物をする者とならせていただきましょう。

☆★☆ 次週 2017年 5月 21日(日)の予定 ☆★☆
『あなたを立てるために』 ※ファミリー礼拝 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 10:1—11/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 5月 7日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『信頼で結ばれて』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 8:16~9:5/新約聖書
8:20-21 私たちは、この献金の取り扱いについて、だれからも非難されることがないように心がけています。 それは、主の御前ばかりでなく、人の前でも公明正大なことを示そうと考えているからです。

 私たちがとかく気になるのはお金の問題です。問題の種にもなりますが、公正でありたいものです。
 教会における献金の取り扱いには注意が必要です。喜んで捧げた献金が不正に扱われたら大変なことです。困窮状態にある教会への支援献金を受け取るためにテトスと二人の兄弟が使者として遣わされました。彼らは教会が選んだ人たち、信頼が保証された人たちでした。
 献金を扱う人が神の前にも人の前にも公明正大であることは譲れない条件です。献金を厳重に管理し、会計報告を定期的に行い、会計の監査を受け、献金の使われ方や残金が把握されていることは極めて重要です。非難されることのない管理が続けられなければなりません。
 信頼で結ばれてこそ、人は献金をすることができるし、献金を人に預けることができるのです。トラブルになりやすいお金の問題ですが、教会は確かな基準で、最高の水準で、これを管理していける、責任を果たせるに十分な群れでありたいものです。

☆★☆ 次週 2017年 5月 14日(日)の予定 ☆★☆
『豊かに蒔く者の祝福』 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 9:6-15/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 4月 30日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『満ちあふれる喜びから』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 8:1‐15/新約聖書
8:2 苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

 クリスチャンはどこか超越している者たちなのだと思います。献金においてそれを知ることができます。
 中心的な教会が諸事情から困窮した状態になっていましたが、その時、多くの教会が支援に加わりました。その中には全く余裕がないのにも関わらず惜しみなく捧げた教会があったのです。彼らには満ちあふれる喜びがありました。その喜びが捧げ物となってあふれ出たのです。
 イエス様の模範を知ることが大切だと言われています。神である方がその神としてのあり方を捨てて人間となった、つまりそれは私たちのために貧しくなって下さったということなのです。その貧しさによって私たちは救われ、永遠のいのちをいただき、今は神にあって富む者となりました。
 私たちも同じように満ちあふれる喜びをいただいている者たちです。必要とあれば喜んで他の人を支える交わりに加わりたいと願います。そのようにして私たちは互いに平等になるのだと教えられています。互いに支え合い補い合う…。そうしてみな足りないことはなくなるのです。

☆★☆ 次週 2017年 5月 7日(日)の予定 ☆★☆
『信頼で結ばれて』 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 8:16~9:5/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 4月 23日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の御心に添った悲しみ』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 7:5-16/新約聖書
7:10 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

 パウロは自分が書いた手紙によってコリント教会を悲しませることになったという後悔がありました。
 他人のために思いを尽くし力を尽くして行動する時、時には厳しいことも言わなくてはならないということが起こります。パウロは放置できないコリント教会の現実を憂い、厳しい言葉をもって語りかけたのでした。
 しかしコリント教会は神様に対する自分たちの罪を悲しみ、悔い改めたのです。それがまさしく「神のみこころに添った悲しみ」なのです。
 罪の結果を悲しむ人はいますが、罪そのものを悲しむ人は少ないのです。自分のために罪を後悔してやり直そうという人はいるかもしれません。しかし、神様に対して罪を悲しみ悔い改めることが求められています。

☆★☆ 次週 2017年 4月 30日(日)の予定 ☆★☆
『満ちあふれる喜びから』 ※ハッピーサンデー 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 8:1‐15/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 4月 16日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『なぜ泣いているのですか』 ※イースター礼拝


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 20:11-18/新約聖書
20:18 マグダラのマリヤは、行って、「私は主にお目にかかりました」と言い、また、主が彼女にこれらのことを話されたと弟子たちに告げた。

 イースターおめでとうございます!この喜びが皆様の上に豊かにありますようにお祈りいたします。
 イエス様が十字架で死んで3日目の日曜日の朝、マグダラのマリヤはイエス様の墓に来ていました。そこはマリヤにとって悲しみの場所、そしてかすかに生前のイエス様に近づける場所でした。
 マリヤの悲しみは深いものでした。復活されたイエス様から「なぜ泣いているのですか」と呼びかけられても気づかないほどでした。希望も持てなくなった今、人の声は十分に聞こえず、心にも届かないのです。
 しかしこの時、マリヤは聞いたのです。自分の名を呼ぶ優しい愛に満ちた声を。「マリヤ」、この呼びかけは彼女を悲しみから立ち直らせることとなりました。マリヤは復活のイエス様に出会うことができたのです。
 イエス様は生きておられます。ここに希望があるのです。悲しみが喜びに変えられる、それはこの復活のイエス様との出会いによってです。

☆★☆ 次週 2017年 4月 23日(日)の予定 ☆★☆
『神の御心に添った悲しみ』  
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 7:5-16/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 4月 9日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『完了した』※キリストの受難週


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの福音書 19:17-30/新約聖書
19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

 罪のないイエス様はまるで犯罪人のように扱われて十字架にかけられ死なれました。このイエス様の十字架の死にはどのような意味があったのでしょうか。
 一つのことが「終わった」時でした。もはや手段を選ばないユダヤ人たちの嫉妬心はこの時、イエス様の死をもって終わったのです。
 しかしこの時、イエス様は大切なことを「達成した」のです。最初の人間が罪を犯したその罪の歴史の初めから神様が計画された罪人を救うという神様の愛の御心の達成です。イエス様が私たち罪人の身代わりとして罪がさばかれたのです。それは聖書の預言の成就でした。
 そして全てが「完了した」のです。私たちの罪は赦され、罪から解放され、神の義をいただきました。すなわち永遠のいのちが与えられ、新しい人となり、私たちは今まさに神の子どもです。贖いの完成です。

☆★☆ 次週 2017年 4月 16日(日)の予定 ☆★☆
  『なぜ泣いているのですか』 ※イースター礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 20:11-18/新約聖書
タグ:聖書のお話
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