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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

今週の礼拝(恵みの扉) ブログトップ
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2017年 3月 12日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『心を開いて』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:11-7:4/新約聖書
7:2 私たちに対して心を開いてください。

 「私たちに対して心を開いてください。」とパウロは言いました。いろいろと厳しいことを言わなければならなかったコリント教会の人々との信頼関係を深めたい気持ちがここに見られます。それは父親から子どもへの語りかけにも似ています。
 「心を開いてください」と言う中で、パウロ自身が「私たちの心は広く開かれています」と言いました。自分自身が心を開くことなくして人にそれを求めることはできないでしょう。
 自分の方から心を開くことは、相手への信頼の証しです。「あなたがたは、私たちとともに死に、ともに生きるために、私たちの心のうちにあるのです。私のあなたがたに対する信頼は大きいのであって、私はあなたがたを大いに誇りとしています」と。パウロの目には彼らとの強い絆が見えているのでしょう。常に流れているもの、それは愛です。

☆★☆ 次週 2017年 3月 19日(日)の予定 ☆★☆
  『ろばに乗った救い主』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 12:12-18/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 3月 5日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『何も持たないようであっても』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:1-10/新約聖書
6:10 (私たちは・・・)、悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っています。

 「神の恵みをむだに受けないように」と言われています。いろいろな外からの影響や経験するさまざまな出来事により信仰がかき乱されることがあるかもしれません。しかし私たちは、神の恵みによって今の自分があることを忘れてはなりません。
 「あらゆることにおいて自分を神のしもべとして推薦している」と言われています。そのあらゆることとは、忍耐、悩み、悲しみ、嘆き・・・、私たちが歓迎しないもの、避けていきたいものばかりです。けれども、パウロはそれらの経験したことをすべて活かす生き方をしているのです。困難もひとつのチャンスとして受け止めていたのです。
 信仰を持って生きる、神の恵みを受けて生きることを見つめ直したいとと思います。それは世の価値観とは違うもの、むしろそれを乗り越えているのです。「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、・・・何も持たないようであっても、すべてのものを持っています」と。神の恵みを受けて生きる者、イエス様を信じて生きる者の豊かな姿が現れています。

☆★☆ 次週 2017年 3月 12日(日)の予定 ☆★☆
  『心を開いて』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:11-7:4/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 2月 26日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『和解のことば』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:16-21/新約聖書
5:18 神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

 イエス様を信じた時、私たちは新しい人に造り変えられました。何というすばらしい恵みでしょうか。自分中心ではなくイエス様中心に生きる者へと変えられたのです。見え方も、聞き方も、受け止め方も、信仰によって一新されたのです。
 そのように変えられた私たちには大切な務めが与えられています。それは和解の務めです。罪人の私たちは、かつては神様の言うことを聞かない、まるで敵のような存在でした。しかし今は、イエス様によって神様と和解し、神様と共に歩むことのできる者とされています。このことを一人でも多くの人に分かち合うことが私たちに委ねられています。
 今や私たちは、和解のことばを持ってこの地で生きるキリストの使節、神の国の大使です。イエス様に代わって和解のことばを語り、救いの道を示し、信仰の道を教えるのです。そのために他の人より先に信仰に招かれ、今この地に派遣されているのです。イエス様によって与えられた計り知れない愛のみわざはどうしても人々に伝えなければなりません。

☆★☆ 次週 2017年 3月 5日(日)の予定 ☆★☆
  『何も持たないようであっても』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:1-10/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 2月 19日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『自分を取り囲んでいる愛』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:11-15/新約聖書
5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。

 人の行動力や情熱に驚かされることがあります。その人の中には何らかの理由があるものです。
 パウロは福音のために、教会のために、その行動力においても情熱においても他に類を見ない程でした。なぜでしょうか。パウロは神様を恐れる人だったからです。自分のことを全て知っている神様、愛し味方となって支えて下さる神様に喜ばれる者でありたいと願っていたのです。
 その行動力や情熱は誤解され、パウロは気が狂っていると批判されることもあったようです。しかし、すべて神様への熱心から来るものでした。そして一人でも多くの人々が福音を知り、救われてほしかったのです。
 パウロはただ一つ、自分の中に明確な動機があることを教えています。「キリストの愛が私たちを取り囲んでいるから」だと。イエス様が自分の罪のために十字架にかかって死んで下さったからです。このイエス様によって自分も新しい人に造り変えられたのです。今、自分はこのイエス様の愛に囲まれている、これがパウロの原動力となっているのです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 26日(日)の予定 ☆★☆
  『和解のことば』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:16-21/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 2月 12日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『永遠の住まい』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:1—10/新約聖書
5:1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

 死に対する複雑な思いや意識を私たちはだれでも持っていますが、死後についての確信を持っている人は多くないでしょう。とても関心の高いことなのですが・・・。
 聖書は、私たちの体を地上の幕屋(一時的な仮住まい)と言い、そこには肉体の弱さのことが含まれています。病があり、人生において様々な風雨にさらされ、長い年月の中で老朽化は避けられません。
 しかし、やがて仮住まいではなく神様が私たちに建物を下さいます。それはいつまでも続くもの、永遠の住まい、新しい復活の体です。私たちは後の日に受け取るこの恵みを待ち望んでいるのです。
 だからと言ってさっさと人生を終えて天国へと早まってはいけません。信仰によって死後の確信を持てば、不安なく、死への恐れもなく過ごせるでしょう。どこにいても私たちは神様に喜ばれる日々を過ごすことが大切です。神様が約束されたものは確かに受け取るものだからです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 19日(日)の予定 ☆★☆
  『自分を取り囲んでいる愛』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:11-15/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 2月 5日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『毎日が新しい』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:16-18/新約聖書
4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

 パウロはいろいろな苦労をする中で「勇気を失いません」と語り、その秘訣を明らかにしてくれました。
 「外なる人」は衰えても「内なる人」は毎日新しいと。肉体には限界があり、年齢を重ねるとともに衰えるのは当然ですが、魂は神様の恵みにより内側から強められるのです。もう無理だと諦めたくなるほどに弱さを感じることがあっても、神様が私たちを毎日新しくして下さいます。
 やがて後の日に受け取る素晴らしい栄光を思う時、「今の時」の患難は軽いと。もちろん、パウロが経験した悩みと苦しみは軽いものであったはずはありません。しかし、後の日に受け取る「永遠」の栄光に思いを向けるパウロには、それは大したことはないのだと言えたのです。
 前を見る人、後ろを振り返る人、周りが気になる人がいますが、パウロは「見えるもの」ではなく「見えないもの」を見ていました。つまりこの世の中にではなく、永遠に続く天国で神様とともに生きる日々にこそ目を向けていたのです。苦悩の中にもパウロには希望が満ちていたのです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 12日(日)の予定 ☆★☆
  『永遠の住まい』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:1—10/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 1月 29日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『土の器であっても』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:7-15/新約聖書
4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。

 金庫と金庫の中身、どちらが大切ですか?とは、ばかげた質問でしょう。パウロは似たような並べ方で私たちは「土の器」、その中に「宝」であるイエス様の福音を預かっているのだと言いました。神様はあえて弱くもろい土の器の私たちを福音のために用いて下さるのです。
 弱い私たちですが、神様は決して私たちが限界に達して滅びるようなことはなさいません。四方八方から苦しめられても、途方にくれても、迫害されても、倒されても、その愛と御力によって守って下さいます。
 私たちの内には信仰によって与えらえた永遠のいのちがあるのです。私たちにはいのちの力があふれています。私たちにこの恵みを与えて下さった主を信じ信頼して歩むことができるのです。ですから、私たちはこの神様の愛とイエス様の救いを他の人に証ししたいと思います。

☆★☆ 次週 2017年 2月 5日(日)の予定 ☆★☆
  『毎日が新しい』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:16-18/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 1月 22日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『主キリストに仕える』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:1-6/新約聖書
4:5 私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。

 自分がしていることに確信が持てなくなるとか、迷いが出てくるということがあるでしょうか?
 他の人から批判されたりすると意気消沈して前に進めなくなることがあるでしょう。パウロにはその経験がありましたが、自分は勇気を失わないで続けると言いました。この自分の務めは神様の深い愛とあわれみの結果だからだと、パウロは自分の務めの原点を見失わなかったのです。
 パウロはこうして神の福音を伝えていますが、信仰に至らない人たちもいるのです。ある力が福音の光を輝かせないようにするからだと。しかし光を造られた神が私たちの心を光で照らして下さるのです。
 偉大な働きをする人には栄誉が与えられるでしょうが、パウロはそのようなことから遥かに遠いところにいました。パウロは人々の心に自分のことが記憶されるためではなく、イエス様の救いの福音が人々の心に留まり、救いを受け取ってほしいと願って仕えていたからです。

☆★☆ 次週 2017年 1月 29日(日)の予定 ☆★☆
  『土の器であっても』 ※ハッピーサンデー
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:7-15/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 1月 15日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『今、はっきりと知る』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 3:4—18/新約聖書
3:16 しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。

 鋭さと鈍さについて、刃物の切れ味のことではなく私たちの心のことでも使われます。鋭敏と鈍感。
 かつてイスラエル人たちは心の鈍い者だと言われていました。イエス様を救い主と信じることによる救いではなく、神の律法、戒めを守れらないと救われないと信じていたのです。それに執着していたのです。
 そのような鈍感さは私たちにもあるでしょう。良い人間にならないと…、罪の償いをしないと…、もっと勉強しないと…。このようにして救い主イエス様が見えにくくなり、救いから距離を置く鈍さへと迷い込むのです。
 しかし、「人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれる」のです。見るべきものが見えない鈍い心であっても、向きを変えてイエス様をまっすぐに見るならば、この方こそ私の救い主、罪を赦し、永遠の命を与え、自分を新しく造りかえて下さるお方とわかるのです。神様の御業です。

☆★☆ 次週 2017年 1月 22日(日)の予定 ☆★☆
  『主キリストに仕える』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:1-6/新約聖書
タグ:聖書のお話

2017年 1月 8日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『推せん状』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 3:1—3/新約聖書
3:2 私たちの推薦状はあなたがたです。それは私たちの心にしるされていて、すべての人に知られ、また読まれているのです。

 「推薦状」はその人の立場の保証、能力や人物評価をするものとして進学や就職などでも使われる書類として知られているものです。なぜこのようなものがパウロたち伝道者に必要だったのか、それは偽者がいたからのようです。
 しかし、パウロは「私たちの推薦状はあなたがたです」と言いました。コリントの人々に福音を伝え、そこに教会を形成したのはパウロ自身です。そこにいる教会のメンバーこそパウロの推薦状そのものなのです。
 聖霊が働いて人の心に福音が根を下ろし、人生を変え、価値観、生き方が変えられていくのです。目には見えないけれども確かに心に書き記されているその聖霊の証が重要なのです。つまり、私たちクリスチャンの生活、生き方を通して神の福音は人々に読まれるのです。

☆★☆ 次週 2017年 1月 15日(日)の予定 ☆★☆
  『今、はっきりと知る』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 3:4—18/新約聖書
タグ:聖書のお話
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