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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

今週の礼拝(恵みの扉) ブログトップ
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2017年 10月 15日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『安息の日を保つ』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
20:8 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。

 十戒の第四の戒めは安息日の過ごし方についてです。昔は土曜日でしたが今は日曜日です。
 六日間働いて一日休むというリズムは、神様が天地創造を六日間で行い、七日目には休まれたというところから来ています。六日目に神様は「非常に良かった」と感動を覚え、翌日を聖なる日とされました。私たちは神様と共に六日間を歩み、神様と共に七日目を休むのです。
 「聖なる日とする」とはどういうことでしょうか。わざをやめる、離れる、取り分けることです。一週間の内の一日を神様に捧げ、取り分けるのです。当然、六日間と同じように七日目を過ごすのとは違ってくるでしょう。
 では日曜日をどのように過ごしたらよいのでしょうか。日曜日はイエス様の復活を記念しているのですから、私たちは日曜日ごとにイエス様によって罪赦され救われた恵みを思い起こし礼拝を捧げるのです。これは自分の魂の安息となります。また、身体を休めましょう。家族や親しい友と過ごし、善を行い、与えられた恵みを分かち合いましょう。
http://twitsound.jp/musics/ts9XEuwB6 > ※3か月間有効です。

☆★☆ 次週 2017年 10月 22日(日)の予定 ☆★☆
『大切な父と母』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:12-17/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 10月 8日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の名前を尊ぶ』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
20:7 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。

 十戒の第三の戒めは神様の名前についてです。
 神様の名前とは何でしょうか? 「ヤハウェ」(わたしはある)という名で神様ご自身がそれを明らかにされました。神様がこのようにご自身の名前を明らかにされたということは、その名で呼ばれることを求め、私たちと交わりを持ってくださるということでもあるのです。
 この神様の名前を「みだりに唱えてはならない」と言われています。この素晴らしい神様の名前を呪文に使ったり、軽々しく、意味もなく連発したりするべきではないということです。また、今、欧米でも日本でも気軽に「オーマイゴッド!」などを耳にしますが、これは慎むべき言葉の一つです。
 私たちは神様のお名前を尊ぶ者でありたいと思います。神様の御名を崇め、礼拝し、賛美を捧げ、感謝し、イエス様の御名によって祈りましょう。その御名は愛と恵みに溢れているのですから、それにふさわしい形で口にしていきましょう。そして、恵みによって「クリスチャン」(キリスト者)となった私たちにはイエス様の名前が付けられていることも覚えましょう。
http://twitsound.jp/musics/tsGcw0Uon > ※3か月間有効です。

☆★☆ 次週 2017年 10月 15日(日)の予定 ☆★☆
『安息の日を保つ』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 10月 1日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『ただ神を神とする』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
20:4 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。

 十戒の第二の戒めは偶像礼拝の禁止です。
 私たちはどうしても目に見えるものを求めてしまう傾向があるようです。目に見えない神様を想像して人間や動物などの形にし、これが神様だと表現してきたのです。しかしその偶像は、天地創造をなされた全能の神様を小さくすることなのだと知らなくてはなりません。
 人間は自分の利益のために偶像を作り上げます。偶像を持つことで安心感や何かの保障を手に入(い)れるのです。結局、神様を自分の思い通りにしようとすることなのです。これは真の神を神としない罪。目に見えなくても私たちと共にいる神など信用できないと言っているのと同じです。
 「ただ神を神とする」という生き方をもう一度確認しましょう。創世記1章に記された天地創造の出来事を読み直し、真の神様の姿を知りましょう。イエス様によって現された神様の満ちあふれた愛を心に刻みましょう。お祈りを通して神様との深いつながりを日々味わい、聖霊の導きに自分自身を任せましょう。そうして神様の恵みの中を歩み続けましょう。
http://twitsound.jp/musics/tsZ9TZXtX > ※3か月間有効です。

☆★☆ 次週 2017年 10月 8日(日)の予定 ☆★☆
『神の名前を尊ぶ』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 9月 24日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の愛に生きていく』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

 十戒の第一の戒めに記された「わたし」とはどなたでしょうか。それは、「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主」(20:2)のことです。神様が不自由な生活を続けてきたイスラエル人をその束縛から救い出して解放してくださったのです。罪が今も私たちを不自由な生活へと束縛しようとしますが、イエス様が私たちを救い、自由を与えてくださいました。
 「ほかの神々があってはならない」とあります。他の神々への信仰にプラスする形で「私は神様を信じます」と告白するのは難しくないでしょう。しかし「ほかの神々があってはならない」となると話は別です。今、私たちは、身近にいる他の神々を捨ててこの神様だけを礼拝するのです。
 神様は私たちを愛してくださいました。だから束縛から救い出して幸せへの道を歩ませてくださるのです。共に歩んでくださる神様は私たちに何を望んでいるのでしょうか。それは神に愛に応答し、その神の愛に生きていくことです。それがこの第一の戒めが意味することなのです。
http://twitsound.jp/musics/tsevuckOB

☆★☆ 次週 2017年 10月 1日(日)の予定 ☆★☆
『ただ神を神とする』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 9月 17日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『あなたの幸せのために』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-17/旧約聖書
申命記 10:12-13
イスラエルよ。今、あなたの神、主が、あなたに求めておられることは何か。それは、ただ、あなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くしてあなたの神、主に仕え、あなたのしあわせのために、私が、きょう、あなたに命じる主の命令と主のおきてとを守ることである。

 これからしばらくの間、旧約聖書の出エジプト記を中心にモーセの生涯をたどる形で御言葉と向き合っていきたいと思います。時間的な流れとは異なりますが、モーセの生涯における最も重要な「十戒」について触れたいと思います。
 神様が私たち人間を創造して下さいましたが、私たちは神様との交わりの中に生きるために造られたのです。そこには神様との約束を守るということを通して与えられる喜びの道が示されていたのです。
 では神に喜ばれる生き方とは具体的にどのようなことなのでしょうか。その生き方を知るために「十戒」が与えられたのです。何が正しいことなのか、その基準はどこにあるのか、神の御心がここに表されています。
 十戒は私たちを縛るためのものではなく、私たちを幸せにするためのものです。ここに示された神の御心を理解して生きることが神の国の民とされた者にふさわしいものだからです。この生き方を実行していくことが世の人々に神の御心を示すこととなり、宣教ともなるのです。
http://twitsound.jp/musics/tsTYvIibr

☆★☆ 次週 2017年 9月 24日(日)の予定 ☆★☆
『神の愛に生きていく』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 9月 10日(日) ※召天者記念礼拝 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『喜び、祈り、感謝』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> テサロニケ人への手紙第一 5:16-18/新約聖書
16-18 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 神様は私たちに願っています。「いつも喜んでいない」と。それは簡単ではないと多くの人が思うことでしょう。毎日、喜べることばかりに囲まれているわけではないからです。しかし、これは自分の今ある状況や感情に左右されるものではなく、ただ信仰によって与えられる喜びです。喜ぶ者とされているのです。
 神様が「絶えず祈りなさい」と。一日に何回お祈りしているでしょうか?回数を数えられる人は祈りが少ないと思った方が良いかもしれません。神様に頼る人はあらゆる時に祈り、短くても祈ります。祈らずにはいられないのです。これは神様への信頼の度合いと関係があるのです。
 「すべての事について感謝しなさい」と神様は言われます。「ありがとう」と「不平や愚痴」、どちらが口からたくさん出て来るでしょうか。神様はあらゆるものをもって私たちを満たし、支え、励まし、共におられます。神様への感謝の言葉は、探せばいくつも見つかるに違いありません。
そして、喜びと感謝をつないでいるものがあります。それは祈りです。
http://twitsound.jp/musics/tspmAAtWW

☆★☆ 次週 2017年 9月 17日(日)の予定 ☆★☆
『あなたの幸せのために』※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-17/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 9月 3日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『祝福の祈り』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 13:11-13/新約聖書
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。

 どんなに良いことを話してもその人がそれを実践していなければ意味がないし、信用もされません。
 パウロがかつてコリント教会に宛てた手紙の中に「愛はすべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます」とあります。彼は教会に対して厳しい言葉を続けましたが、教会が修復されていくことを期待しました。あきらめることのない愛の姿が実践されています。
 コリントの教会に宛てた手紙を終えるにあたって、パウロは教会の交わりの麗しい姿を語ります。彼らがどれほど多くの問題を抱えていようとも、諸教会は彼らのために祈り、決して孤立させることなく、その交わりは途絶えることがないのです。これはまさに神が私たちを愛する姿です。
 祝福の祈りをもって手紙は閉じられます。お互いの祝福を祈り合う交わりは幸いです。これは「祝祷」として礼拝の最後に位置づけられるようになりましたが、一人一人の祝福を祈ると同時に教会から世へと送り出す派遣の意味も込められています。主の祝福があなた上にありますように。
http://twitsound.jp/musics/tsajoybSB

☆★☆ 次週 2017年 9月 3日(日)の予定 ☆★☆
『喜び、祈り、感謝』※召天者記念礼拝
  <聖書の言葉> テサロニケ人への手紙第一 5:16-18/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 8月 27日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『自分を吟味する』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 13:1-10/新約聖書
13:9 私たちは、自分は弱くてもあなたがたが強ければ、喜ぶのです。私たちはあなたがたが完全な者になることを祈っています。

 愛は、その優しさの中に見出すことができますが、一方で厳しさの中にも見出すことのできるものです。
 パウロのコリント教会の人々に対する愛は、時に厳しさの中に見出されるものでした。それは彼らの信仰の成熟を期待していたからです。
 パウロは信仰について確信がありました。それは「神の力のゆえに、キリストともに生きている」ことでした。弱い人間でしかない私たちを神様は力強くその御手の中で運び、永遠の御国へと導いて下さいます。
 コリント教会の人々にもこの信仰に立ってほしいと願っているパウロは、彼らに自分の信仰を確かめるよう勧めています。イエス様を心に迎えているのか、イエス様の愛に応えて歩もうとしているのか、まるで信仰のない者のような歩みに陥っていないか、そうして自分を吟味するようにと…。
 成熟したクリスチャンになることはパウロの願いあり、神様の願いです。周囲の言葉に流されず、罪に対しては敏感に悔改め、イエス様がいつも共に歩んで下さるという恵みの中に生き続ける者となりたいものです。
http://twitsound.jp/musics/tswxqVswO

☆★☆ 次週 2017年 9月 3日(日)の予定 ☆★☆
『祝福の祈り』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 13:11-13/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 8月 20日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『パウロの期待』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 12:19-21/新約聖書
12:19 しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。

 親心に限界がないことを感じさせてくれる言葉がここにあります。パウロの期待は続いています。
 「愛する人たち」と呼びかけています。パウロは愛すれば愛するほど私は愛されなくなるのかと悲しい言葉を口にするほどの経験をしましたが、パウロは彼らを愛し続けています。その目的は「彼らを築き上げるため」です。何とかしてクリスチャンとして整えられてほしいのです。
 そのためにはどうしてもしなければならないことがこのコリント教会にはありました。それは罪の悔改めです。「争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動」があったからです。性的不道徳という罪の問題もありました。罪の認識と悔改め、これは重要なことなのです。
 パウロの期待、それは「彼らを築き上げるため」ことです。それはクリスチャンとして聖められなければ始まらないのです。時代や世の流れに流されず、教会はイエス様によって贖われた者としてふさわしい歩みを、神の子どもとしてふさわしい生き方を求めていくべきなのです。
http://twitsound.jp/musics/tsc4uSDtg

☆★☆ 次週 2017年 8月 27日(日)の予定 ☆★☆
『自分を吟味する』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 13:1-10/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 8月 13日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『平和を選ぶ者へ』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 創世記 26:12-22/新約聖書
ペテロの手紙第一 3:10-11 
いのちを愛し、幸いな日々を過ごしたいと思う者は、舌を押さえて悪を言わず、くちびるを閉ざして偽りを語らず、悪から遠ざかって善を行い、平和を求めてこれを追い求めよ。

 1945年8月15日敗戦の日から72年目の今年。私たちは繰返し平和を求めていきたいと思います。
 アブラハムの息子イサクは平和を選び、平和を求めた人でした。
 イサクが神様の祝福を受けて豊かであったことが周辺の人々の妬みとなり、人々は彼の井戸を埋め、ここから出て行くようにと告げたのです。妬みは人を争いに巻き込み、人の幸せを脅かす力があるのです。
 この時、イサクの前に二つの道がありました。戦う道と平和の道。彼は平和の道を選んでそこを去り、別な井戸を掘りました。井戸を埋められるという嫌がらせが行く先々で続きましたが、彼はそこを離れ、別な井戸を掘りました。道は決して一つではありません。平和の道が必ずあるのです。
 イサクが平和の道を選び続けた時、不思議なことが起きました。彼を追い出した張本人たちが訪ねて来たのです。平和の契約を結びたいと。神様がイサクとともにいて彼を祝福していることを認めたからでした。悪から遠ざかり、平和を選び、平和を求めて生きる者の祝福がここにあります。
http://twitsound.jp/musics/tsmov6AqX

☆★☆ 次週 2017年 8月 20日(日)の予定 ☆★☆
『パウロの期待』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 12:19-21/新約聖書
タグ:聖書のお話
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