So-net無料ブログ作成

愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

今週の礼拝(恵みの扉) ブログトップ
前の10件 | -

2018年 2月 11日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『わたしがあなたを遣わすのだ』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 3:7-22/旧約聖書
3:12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。・・・・」

 神様がモーセを必要としたのは40歳の時ではなく、80歳になった時でした。神様の召しは不思議です。
 今まさにモーセをエジプトに遣わそうとしている中で、神様はモーセにご自身の姿を明らかにしています。神様は人々の痛みを知っている方であり、永遠の存在、先の先まで全て見通しておられます。この計画は必ずその通りに実行されるのです。モーセはそれを担う神の器です。
 けれども、モーセには40年前の挫折がトラウマのようにして記憶されています。「はい、わかりました。私はあなたに従います」と簡単には言えないのです。その心にある恐れと不安がモーセを包んでいます。
 神様は全てを承知の上でモーセを必要としたのです。大切なことはモーセ自身の指導力、知恵、身分ではありません。重要なのは「わたしはあなたとともにいる」と言われた神様ご自身の臨在であり、「わたしがあなたを遣わす」と神様が召しておられる事実です。自分自身が頼りなくても神様がともにおられる、ここに私たちも立ちあがれる理由があるのです。
http://twitsound.jp/musics/tsKYmvxuk>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 2月 18日(日)の予定 ☆★☆
 『臆病者であっても』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 4:1-17/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 2月 4日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神と出会う』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 3:1-6/旧約聖書
3:4 主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から 彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります」と答えた。

 40年の日々を経てモーセの心境は変化したでしょうか。ずっと神の時を待っていただろうと思います。
 いよいよその時が来ました。神様ご自身がモーセを招いたのです。神の山ホレブ(シナイ山)で不思議な光景を見せることによって…。神様は、私たちが神様と出会えるように、様々な機会を用意して下さるお方です。社会の出来事を通して、人との出会いを通して、人生のイベントを通して。
 モーセを招いた神様はご自身をモーセに明らかにしています。聖いお方として、契約を忘れないお方として…。今も神様は私たちにご自身のことを明らかにして下さいます。聖書を通し、祈りを通し、様々な方法を用いて、私たちは神様の愛、義、平和、真実に触れることができるのです。
 この山でモーセは聖なる神様と出会いました。母が教えてくれた神様の呼びかけに答え、対話しました。神様は私たちが呼びかけに答えることを待っています。そのチャンスを逃してはなりません。モーセがそうであったように、私たちも神様との出会いを受け入れる者となりましょう。
http://twitsound.jp/musics/ts3FLPHgW>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 2月 11日(日)の予定 ☆★☆
 『わたしがあなたを遣わすのだ』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 3:7-22/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]1970,1978,2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 1月 28日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『役に立つ器となるために』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 2:16-25/旧約聖書
コリント人への手紙1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。

 神様は人を用いて大きな働きをされます。同時に、その人が役に立つ器となるよう訓練し整えるのです。
 モーセは民たちをその苦しみから自力で救い出そうとして挫折し、結果、遠くミデヤンの地へと逃れていくことになりました。しかし、そこには出会いがあり、家族を持つことになりました。孤独なモーセにとって励ましとなったことでしょう。また、この出会いは後の日にも役に立つものでした。
 モーセは羊飼いをして暮らしました。羊のために牧草や水を探し、世話をし、安全を確保します。聞き分けの良い羊も勝手な羊も同じように世話したことでしょう。獣から守るために命がけで戦ったこともあったでしょう。これらはすべて良きリーダーへの訓練です。
 神の時は40年後に訪れました。助けを求める民たちの声は神様に届いていました。モーセは80歳となり、若い時と同じようには行動できないでしょうが、神様は弱い者をこそ用いられるのです。モーセが役に立つ器となるために40年間の訓練がありました。今こそモーセの時が来ました。
http://twitsound.jp/musics/tsfjEMbaM>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 2月 4日(日)の予定 ☆★☆
 『神と出会う』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 3:1-6/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]1970,1978,2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 1月 21日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『挫折という価値ある経験』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 2:11-15/旧約聖書
箴言16:9 人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。

 神様の御力により命を救われた赤ちゃんはエジプトの王の娘の養子となりました。彼の名前はモーセ。
 モーセはおそらく3歳位まで実の母に育てられました。彼は自分がイスラエル人であるという自覚を持っていましたが、これは母の子育てにおける祈りと信仰の教育の結果でしょう。エジプトの教育を受けてもなお、彼は神の民だったのです。幼子のための祈りと信仰教育は重要です。
 40歳の時、モーセは決断しました。自分と同じイスラエル人を苦しめているエジプト人の命を衝動的に奪いましたが、彼は神の民とともに生きる道を選んでいたのです。しかし、これは誰にも理解されず挫折に終わります。けれども、この挫折は彼にとって価値ある経験となりました。
 自分が行動すれば神様の計画が後からついて来るということはありません。神様の御心に私たちが合わせるべきであり、そのためには祈りと信仰が必要です。挫折の後、モーセはエジプトを離れますが、諦めて逃れたのではありません。これは神の時を待つ信仰による行動でした。
http://twitsound.jp/musics/tsGx4aLrB>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 1月 28日(日)の予定 ☆★☆
 『役に立つ器となるために』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 2:16-25/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]1970,1978,2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 1月 14日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『救い出された赤ちゃん』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 2:1-10/旧約聖書
へブル人への手紙1:23
信仰によって、モーセは生まれてから、両親によって三か月の間隠されていました。彼らはその子の美しいのを見たからです。彼らは王の命令をも恐れませんでした。

 聖書を読んでいつも思うことは、人間のどんな策略も神様の前には無力であるということです。
 男の子が生まれたら川に捨てなければならないとエジプトの王はイスラエル人に命じました。もし赤ちゃんを隠して育てれば家族全員にも命の危険が迫って来る状況です。その最中に生まれたモーセを両親は3か月間育てました。神への祈りと我が子への愛情の大きさを思います。
 しかし、赤ちゃんのモーセはいよいよ川へ。両親は限界を感じたのでしょうか…。両親はモーセを自分たちの手から離し神様に委ねることにしたのです。王の命令を超えて働く神様を待ち望んだのです。あきらめ、不安、恐れ…、私たちには神様に委ねるという確かな道があるのです。
 赤ちゃんは不思議な方法で救出されました。王の娘が川から救い上げ自分の子として迎えることに。両親の信仰と祈り、王の命令があってもイスラエル人の子を養子すると決めた王の娘…、これらはモーセ救出のための備えだったのです。神様は全てを最善に導くお方です。
http://twitsound.jp/musics/tsQjcCqh9>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 1月 21日(日)の予定 ☆★☆
 『挫折という価値ある経験』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 2:11-15/旧約聖書

【注】聖書はすべて「聖書新改訳[コピーライト]1970,1978,2003新日本聖書刊行会」からの引用です。
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 1月 7日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『何を恐れているのか』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 1:1-22/旧約聖書
伝道者の書 12:13-14 神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。

 人の生き方を見る時、いつもそこにはその人の価値観、世界観が表に現れているように思います。
 イスラエル人がエジプトに移住し、その人口がエジプト人を超えるほどになった時、エジプト王は彼らを奴隷として扱い、苦しめるようになりました。彼らに反撃されたら国が奪われると思ったのでしょう。エジプト王が恐れていたものは人の力です。だから人を恐れさせて安心を得ようとしました。
 イスラエル人はエジプト王の圧力の下にあってもその数は減ることはありませんでした。また、助産婦たちには、出産に立ち会った時、男の子なら殺すように命令しましたが、神を恐れた彼女たちが命令に従うことはなかったようです。神を恐れる者たちの勝利がここにあります。
 あなたは何を恐れて生きているでしょうか。聖書は明らかに神様を恐れて生きる者の幸いを私たちに見せているのです。全能の神、創造主、人のした悪をさばかれるお方を恐れなさいと…。神様は、神様を恐れて生きる者たちに祝福を用意し、平安の中に生かしてくださるのです。
http://twitsound.jp/musics/tsS2R8rhJ>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 1月 14日(日)の予定 ☆★☆
 『救い出された赤ちゃん』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 2:1-10/旧約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2018年 1月 1日(月) ~新年礼拝 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『ゼロから始めよう』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> マタイの福音書 22:37~39/新約聖書
エペソ人の手紙 2:10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。

 新年のご挨拶を申し上げます。改めて神の子どもとされた者にふさわしい歩みでありたいと願います。
 昨年、十戒を通して神様の心を知り、神様とはどのようなお方なのかを知りました。そしてこの十戒は、心を尽くして神を愛することと隣人を自分自身のように愛することの二つにまとめることができるのです。
 ではどうでしょうか。私たちは神を愛し隣人を愛しているでしょうか。意志があっても現実が伴わないことが何と多い事か…。十戒を通じて自分の罪の姿ばかりが目立ってくるかもしれません。しかし、そんな私たちの罪を赦して下さったイエス様がおられます。努力によらず、良い行いによらず、ただ恵みによって私たちは罪赦され救われたのです。
 私たちには何一つ良いところはない、つまりゼロなのです。しかし、神様の愛と恵みは100%。そして言われます。「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。」
 私たちは皆、恵みによって新しく造られ者、良い行いができる者と変えられた神の子どもです。ですから、神を愛し、また隣人を愛する者となるのです。ゼロから始めましょう。それが信仰の姿です。
http://twitsound.jp/musics/tsP3LOtQO>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2018年 1月 7日(日)の予定 ☆★☆
 『何を恐れているのか』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 1:1-22/旧約聖書

タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2017年 12月 24日(日) ~クリスマス礼拝 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『見える形になった神の愛』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ルカの福音書 2:1-14/新約聖書
コリント人への手紙第二 8:9 主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

 クリスマスの喜びが皆様の上にありますように。
 私たちは家族や友人などに対する愛を形にしようとするでしょう。プレゼントを贈り、努力を惜しまず、他の誰よりも優先し、時には耐え忍ぶこともあるでしょう。けれども、私たちの愛はちょっとしたことで壊れるというもろさがあり、決して完璧なものでありません。
 小さな村ベツレヘムでイエス様は生まれました。救い主の誕生です。この方は神が人となられたお方、闇を照らす光。私たちに対する神の愛が見える形になった瞬間でした。この方の中に神の愛が詰まっています。イエス様と出会って神の愛を受け取ってほしいと思います。
 ではイエス様と出会うためにどこに行けばよいのでしょう。イエス様は家畜小屋で生まれましたから、そこに行けばよいのです。イエス様は私たちのために貧しくなられたのです。この知らせを聞いた羊飼いたちがありのままでイエス様を訪ねたように、私たちもありのままの姿で会いに行きましょう。そして神を愛を受け取ってください。
http://twitsound.jp/musics/tspelZgrU>※3か月間有効です。

◆教会のフェイスブックもご覧ください。少しばかりの写真も掲載しています。
https://www.facebook.com/oyamaseisho.ch/

☆★☆ 次週 2017年 12月 31日(日)の予定 ☆★☆
 『感謝礼拝』
  <聖書の言葉> 詩篇103:1-5/旧約聖書

☆★☆ 2018年 新年礼拝のご案内 ☆★☆
 とき:2018年 1月 1日(月) 午前11時~
 『ゼロから始めよう』
  <聖書の言葉> マタイの福音書 22:37~39/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2017年 12月 17日(日) ~アドベント第3週 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『その名はインマヌエル』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> マタイの福音書 1:18-25/新約聖書
1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

 救い主イエス様の母となったマリヤの夫ヨセフがこのことを信仰によって受け止める時、素晴らしい言葉が書き残されました。「その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」
 「神は私たちとともにおられる」という言葉、またそれを物語る出来事を聖書の中にたくさん見つけることができます。孤独の中にあった人々と神様はともにおられ、昼も夜も不従順な神の民とともにおられ、自らの罪のために国を失った民から神様は離れることがなかったのです。
 イエス様のご生涯を見ても、罪深い者たちの家を訪ね、ともに食事をし、人々から冷たい視線を浴びることがあっても彼らを見捨てることがありませんでした。弟子たちの不信仰を見ても諦めることはありませんでした。そして、イエス様が天に戻られる時に言われました。「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)
 イエス様のもう一つの名、インマヌエル。なんと素晴らしいことでしょう。
http://twitsound.jp/musics/tsM2DuNyK >※3か月間有効です。

☆★☆ 次週 2017年 12月 24日(日)の予定 ☆★☆
『見える形になった神の愛』 ~クリスマス礼拝~
  <聖書の言葉> ルカの福音書 2:1-14/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

2017年 12月 10日(日) ~アドベント第2週 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『最も弱き者となって』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ルカの福音書 1:26-38/新約聖書
1:37 神にとって不可能なことは一つもありません。

 イエス様がお生まれになったという出来事は驚くほど不思議なことであることを改めて思います。
 それは、神が人となった出来事だからです。天地を創造された神様が、永遠のお方が、私たち人間と同じ姿になられたのです。神様のあり方を捨てることができるほどの謙遜な姿がイエス様の中にはあるのです。
 イエス様はマリヤを母としてお生まれになりました。預言通り、処女マリヤからの誕生です。大人として人々の前に登場するのではなく、赤ん坊から始めたのです。それは人によって育てられ、保護されなければならない弱い存在であるとともに、私たち人間と同じ経験をすることでもありました。
 マリヤは「神にとって不可能なことは一つもありません」という言葉を受け取り、自分の身に起きたことを信仰によって受け止めました。同時に、神が人となるという驚きも、赤ん坊から始めるという不思議さも、神様には不可能なことではないのです。最も弱き者となり、罪人と同じ目線に立ち、全ての人に寄り添う道を私たちのために選んで下さったのです。
http://twitsound.jp/musics/tsTzp1VkY >※3か月間有効です。

☆★☆ 次週 2017年 12月 17日(日)の予定 ☆★☆
『その名はインマヌエル』 ~アドベント(待降節)第3週~
  <聖書の言葉> マタイの福音書 1:18-25/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:blog
前の10件 | - 今週の礼拝(恵みの扉) ブログトップ