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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

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2017年 9月 24日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の愛に生きていく』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
20:3 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

 十戒の第一の戒めに記された「わたし」とはどなたでしょうか。それは、「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主」(20:2)のことです。神様が不自由な生活を続けてきたイスラエル人をその束縛から救い出して解放してくださったのです。罪が今も私たちを不自由な生活へと束縛しようとしますが、イエス様が私たちを救い、自由を与えてくださいました。
 「ほかの神々があってはならない」とあります。他の神々への信仰にプラスする形で「私は神様を信じます」と告白するのは難しくないでしょう。しかし「ほかの神々があってはならない」となると話は別です。今、私たちは、身近にいる他の神々を捨ててこの神様だけを礼拝するのです。
 神様は私たちを愛してくださいました。だから束縛から救い出して幸せへの道を歩ませてくださるのです。共に歩んでくださる神様は私たちに何を望んでいるのでしょうか。それは神に愛に応答し、その神の愛に生きていくことです。それがこの第一の戒めが意味することなのです。
http://twitsound.jp/musics/tsevuckOB

☆★☆ 次週 2017年 10月 1日(日)の予定 ☆★☆
『ただ神を神とする』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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あなたの御声を聞かせてください [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちの世は乱れ、秩序が乱れてきています。
生きることに困難を覚えることさえ感じるほどです。
しかし私たちには、天地を造られ、私たちを愛してくださる神様がいらっしゃいます。
神様、あなたこそ私たちの逃れ場、守り手であり、苦難の時には最も身近な助けであることを信じます。
あなたの恵みで私たちの心と思いを満たしてくださいますように…。
どんな時にも慌てずに、静まりつつ祈ることができますように…。
私たちに祈りの言葉を与えてください。
静寂の中にあってあなたの御声を聞かせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
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世界食料デー! 共に生きることを考える… [ボランティア・社会貢献]

世界食料デー、ご存知ですか?
10月16日

これは、世界の食料問題を考え、行動する日として国連が制定した日です。
一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(http://www.jifh.org/)を通じて、私たちもその活動を知り、長く協力を続けています。
同じ地球で、同じ空の下で、同じように命が与えられて暮らす人たち。しかし、その生まれた場所の違いで、豊かに暮らす人もあれば、明日の命もわからないで暮らす人もいるのです。
何とかして、私たちも、遠くで飢餓に苦しむ人たちを身近に感じたい、自分のできることをもって支援をしたい、その思いから、毎年、9月~11月30日までの3ヶ月間を募金協力期間として、支援に加わっています。
タグ:お知らせ
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2017年 9月 17日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『あなたの幸せのために』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-17/旧約聖書
申命記 10:12-13
イスラエルよ。今、あなたの神、主が、あなたに求めておられることは何か。それは、ただ、あなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くしてあなたの神、主に仕え、あなたのしあわせのために、私が、きょう、あなたに命じる主の命令と主のおきてとを守ることである。

 これからしばらくの間、旧約聖書の出エジプト記を中心にモーセの生涯をたどる形で御言葉と向き合っていきたいと思います。時間的な流れとは異なりますが、モーセの生涯における最も重要な「十戒」について触れたいと思います。
 神様が私たち人間を創造して下さいましたが、私たちは神様との交わりの中に生きるために造られたのです。そこには神様との約束を守るということを通して与えられる喜びの道が示されていたのです。
 では神に喜ばれる生き方とは具体的にどのようなことなのでしょうか。その生き方を知るために「十戒」が与えられたのです。何が正しいことなのか、その基準はどこにあるのか、神の御心がここに表されています。
 十戒は私たちを縛るためのものではなく、私たちを幸せにするためのものです。ここに示された神の御心を理解して生きることが神の国の民とされた者にふさわしいものだからです。この生き方を実行していくことが世の人々に神の御心を示すこととなり、宣教ともなるのです。
http://twitsound.jp/musics/tsTYvIibr

☆★☆ 次週 2017年 9月 24日(日)の予定 ☆★☆
『神の愛に生きていく』
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-11/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 9月 10日(日) ※召天者記念礼拝 [今週の礼拝(恵みの扉)]

『喜び、祈り、感謝』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> テサロニケ人への手紙第一 5:16-18/新約聖書
16-18 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

 神様は私たちに願っています。「いつも喜んでいない」と。それは簡単ではないと多くの人が思うことでしょう。毎日、喜べることばかりに囲まれているわけではないからです。しかし、これは自分の今ある状況や感情に左右されるものではなく、ただ信仰によって与えられる喜びです。喜ぶ者とされているのです。
 神様が「絶えず祈りなさい」と。一日に何回お祈りしているでしょうか?回数を数えられる人は祈りが少ないと思った方が良いかもしれません。神様に頼る人はあらゆる時に祈り、短くても祈ります。祈らずにはいられないのです。これは神様への信頼の度合いと関係があるのです。
 「すべての事について感謝しなさい」と神様は言われます。「ありがとう」と「不平や愚痴」、どちらが口からたくさん出て来るでしょうか。神様はあらゆるものをもって私たちを満たし、支え、励まし、共におられます。神様への感謝の言葉は、探せばいくつも見つかるに違いありません。
そして、喜びと感謝をつないでいるものがあります。それは祈りです。
http://twitsound.jp/musics/tspmAAtWW

☆★☆ 次週 2017年 9月 17日(日)の予定 ☆★☆
『あなたの幸せのために』※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> 出エジプト記 20:1-17/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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他の人のことも [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
自分のことだけを顧みて、他人のことを顧みないのが、自己中心。
自分を顧みずに、他人のことばかりを顧みるのが、おせっかい。
自分のことも他人のことも顧みないのが、無責任…。
「自分のことだけでなく、他の人のことも顧みなさい」との聖書の言葉を思い巡らしています。
私たちが、自分の不安、自分の孤独、自分の都合ばかりに埋没しないように助けてください。
他の人もまた自分と同じように、いや、それ以上に孤独や不安に耐えながら生きているのかもしれない…ということを心に留めていることができますように…。
自分の満足を求めず、他の人の弱さを担い、共に生きる…、そのような人にならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
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2017年 9月 3日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『祝福の祈り』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 13:11-13/新約聖書
13:13 主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。

 どんなに良いことを話してもその人がそれを実践していなければ意味がないし、信用もされません。
 パウロがかつてコリント教会に宛てた手紙の中に「愛はすべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます」とあります。彼は教会に対して厳しい言葉を続けましたが、教会が修復されていくことを期待しました。あきらめることのない愛の姿が実践されています。
 コリントの教会に宛てた手紙を終えるにあたって、パウロは教会の交わりの麗しい姿を語ります。彼らがどれほど多くの問題を抱えていようとも、諸教会は彼らのために祈り、決して孤立させることなく、その交わりは途絶えることがないのです。これはまさに神が私たちを愛する姿です。
 祝福の祈りをもって手紙は閉じられます。お互いの祝福を祈り合う交わりは幸いです。これは「祝祷」として礼拝の最後に位置づけられるようになりましたが、一人一人の祝福を祈ると同時に教会から世へと送り出す派遣の意味も込められています。主の祝福があなた上にありますように。
http://twitsound.jp/musics/tsajoybSB

☆★☆ 次週 2017年 9月 3日(日)の予定 ☆★☆
『喜び、祈り、感謝』※召天者記念礼拝
  <聖書の言葉> テサロニケ人への手紙第一 5:16-18/新約聖書
タグ:聖書のお話
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☆ 教会カフェ ☆ [スペシャル☆ニュース!]

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『教会カフェ』にいらっしゃいませんか!


私たちの教会では、 “教会カフェ” を行っています。
地域の皆様に気軽にご利用いただいて、気分転換、安らぎのほっとひと息を過ごしていただけたらと願っています。
利用料金はいただきません。
土曜日の午後1時~5時、毎月2回位の実施を計画しています。
詳しい日程などは下記のとおりです。
皆様のお出でを心よりお待ちしております。

2017年9月~12月の予定

  9月/  2日(土) 、 23日(土)
  10月/  7日(土) 、 21日(土)
  11月/  4日(土) 、 18日(土)
  12月/  2日(土) 、 16日(土)

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タグ:お知らせ
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『キリストのおっちゃん!』(公園の子どもたち:その2) [エッセイ/共に喜び、共に泣いて]

◆ 私が出会った人たち ◆ <連載11>


 「さあ、紙芝居を始めるよ~!」
 毎週土曜日の午後、公園に出没することになった私。タンバリンの音とともに子どもたちが集まり、楽しい聖書の紙芝居とひげのおじさんとの遊びのひと時。何度も来てくれるリピーターも増えていった。
 私もちょっとだけ有名人になったのかな?と思うエピソードがあった。
 銀行のATMに並んでいた時のことだった。私の前にいる母親の横にいた子どもが振り返り、まもなく「あ、キリストのおっちゃん!」と。「えっ!」と戸惑うお母さんに簡単に説明し理解をしていただいた。
 土曜日のある日、子どもがいくつもの花が咲いた梅の枝をプレゼントしてくれた。「お母さんから」。あまりにも嬉しい出来事に「これは御礼を言わないと…」と思い、子どもの帰宅に併せて家を訪ね、御礼を言うことができた。ご家族の理解と共に信頼を得ていることを知り、神様に感謝した。
 子どもたちの家族の理解と信頼はそれだけではなかった。
 「教会訪問ツアー」を企画したところ、家族の許可を得て何人もの子どもたちが教会に遊びに来てくれた。当時、まだ赤ちゃんだった息子にみんなが夢中になった。
 教会で恒例の夏のキャンプがあり、ダメだろうなと思いながら誘ってみた。すると、「お母さんが行ってもいいって!」との報告が届いた。誘った私の方がビックリ! 3泊4日のキャンプを一緒に楽しんだ。
 他にも、自宅を訪ねても快く受け入れてくれたご家族があった。子どもたちは自分の家にキリストのおっちゃんを招きたいと思ってくれていたからなのだ。
 こんなにもうまく事が運んでいた紙芝居の活動だが、それほど長くは続かなかった。

〔2017.09/ほっとひと息・第111号〕

タグ:エッセイ
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『強者か弱者か』 [コラム Column こらむ!]

 私が以前、難病児である自分の息子のことを中心に講演した時のことです。そこには障がい者の方も来ておりましたが、講演終了後、忘れられない反響がありました。それは全盲の方からのものでした。
 その方はおっしゃいました。「私は盲人であることは弱さだと思ってないですね。」
 私の中では、難病児である息子にはいろいろな弱さがあると受け止めてきたので、それと同じように視覚や聴覚の障がいや歩行障がいなども一つの弱さとして位置づけていました。他と比較した時にどうしても避けられない限界を感じたからです。
 けれども、障がい者に対して「弱さ」という言葉を選んだ時、自分は「強者」の側にいるのだということに思い至りました。
 神様が人を造られました。顔立ち、身長、手足の特徴、頭髪なども含めてです。得意分野と不得意分野があり、文系向きか理系向きかの違い、感性も違います。そして、全盲、ろうあ者、四肢欠損、小人症に巨人症、内部疾患…、列挙するのにも限界があります。皆、神様が造られた一人一人です。
 私は間違っていました。自分を強者だと位置づけたら自分は上に立つ者。障がい者は憐れむべき存在、支援される側です。
 強者も弱者もない、本来的には共に生きる存在、歩調を合わせて生きていくべき存在なのです。神様は私たち人間が共に生きることを願っています。お互いの特徴を理解し、違いを受け入れ、お互いの欠けを補い合うことが大切だと思います。

〔2017.09/ほっとひと息・第111号〕

タグ:オピニオン
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