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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

試練を受けながら思う [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
どうか、試練の中であなたの真実を経験させてくださいますように。
みことばに「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません」とあるではありませんか。
私たちの出会った試練をすでに誰かが経験している…。
誰よりもイエス様ご自身がすでに経験しておられる…。
今、私たちは、そのイエス様を見上げます。
真実な神様、あなたは私たちの信仰をご存じですから、私たちがつぶれてしまうような試練を許されることはありません。
もし、私たちにとってあまりにも厳しい試練と思われるような時、私たちがそれに耐えられると信任してのことでしょう…。
試練はあなたからの信任状なのかもしれません。
試練をあなたの御手の中で生かし、あなたの栄光を現す者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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フェイスブックを始めました! [スペシャル☆ニュース!]

教会のFacebook(フェイスブック)を始めました。
Facebookだから公開している情報もありますので、ぜひ一度ご覧ください。

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タグ:お知らせ
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2017年 7月 23日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『弱さを誇る』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 12:1-10/新約聖書
12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 人は誰しも、自分位しか体験していないかもしれないことがあれば自慢するかもしれません。
 パウロには特別な体験がありました。14年間も語らなかったことで、まるで天国を見てきたような内容です。自慢にならないように、また人々から過大な評価を受けないように、気を付けてとても慎重に話しています。
 パウロは、自分には特別に肉体にとげが与えられていると語ります。それは高慢にならないためのものだと。どのような病気や障害なのかはわかりませんが、彼にとっては人生における壁であり、福音宣教の妨げになるものだったのだろうと思います。しかし、三度祈ってもいやされない…。
 パウロは大切なことを知りました。霊的なことは肉体の状態よりもはるかに重要なのだと。自分の能力などがあればそれに頼ってしまう私たちが、弱さを経験することによって神に頼ることを学ぶのです。神の力に満たされることが私たちの本当の強さです。肉体のとげも、数多く経験している困難で感じる弱さも、それこそ自分が誇るべきものなのだと語るのです。
http://twitsound.jp/musics/ts6mQH4Ru

☆★☆ 次週 2017年 7月 30日(日)の予定 ☆★☆
『愚か者になって』 ※ハッピーサンデー
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 12:11-13/新約聖書
タグ:聖書のお話
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子どもたちへ! “ちっちゃな夏まつり” ですよ!! [スペシャル☆ニュース!]

『教会で… ちっちゃな 夏まつり』 に来ませんか?


毎年行っているこのイベント。基本的にゲーム大会です。
[exclamation×2]いろいろなゲームを楽しんで・・・、ポイントをためて・・・、そして、おやつをもらっちゃおう![exclamation×2]

どなたでも参加できます。お金はかかりません。
ぜひ皆様、お出かけ下さい。心よりお待ちしております。
☆7月23日(日) 午後2:00~3:30
夏まつり 2017.jpg

タグ:お知らせ
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2017年 7月 16日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『苦しみと誇り』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 11:22-28/新約聖書
11:29-30 だれかが弱くて、私が弱くない、ということがあるでしょうか。だれかがつまずいていて、私の心が激しく痛まないでおられましょうか。もしどうしても誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。

 人が自分のことを真剣に思っているかどうか何によって知れるでしょう。行動がそれを物語るのです。
 自分の利益のために教会で奉仕をする偽教師は教会を迷わせ欺いてきました。教会はそれになかなか気づきません。パウロは彼らの目を覚まさせるために誇るようにして自分のことを明らかにしていきました。
 パウロが自分のことを話す中で言いたかったことは、神のしもべとしての苦しみの経験でしょう。神の福音のために自分を犠牲にし、耐えてきたのです。教会の人たちのためにたくさん心を使い、自分も弱るほどだったのです。これこそ偽教師たちが決してしてこなかったことです。
 神のしもべとして真剣に教会に仕える者なら、真実の愛をもって教会のために奉仕するのなら、苦しみを引き受け、弱さを覚えることもあるのです。偽者にはこの主張はできないし、実際に経験もないでしょう。
 私たちは、人々に対する真実の愛を貫き、神のしもべとして生きるこのパウロの姿を心に刻みたいと思います。
http://twitsound.jp/musics/tsHONKtyT

☆★☆ 次週 2017年 7月 23日(日)の予定 ☆★☆
『弱さを誇る』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 12:1-10/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2017年 7月 9日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『愛の示し方』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 11:7-15/新約聖書
11:9 あなたがたのところにいて困窮していたときも、私はだれにも負担をかけませんでした。・・・ 私は、万事につけあなたがたの重荷にならないようにしましたし、今後もそうするつもりです。

 人と違うことをすることはある意味で目立つことです。パウロは教会のために働いても報酬を受け取らなかったようです。これについて人々から批判が起こったようです。
 それには理由がありました。儲かりたいために教会で説教の奉仕をして報酬を受け取る人がいたからです。パウロは彼らと一緒にされたくないと思ったのです。そうすれば酷い人たちの姿が明らかになるからです。
 自分の利益しか考えない人が教会で重要な奉仕をして報酬を得るなんて酷い話はありません。教会はその間違いに気づかなければなりません。教会の人たちを欺く人を見分けるためにも、パウロのこの選択は重要でした。教会の人たちを何とかして守りたかったのです。
 しかし、教会から報酬を受けないことでパウロは教会への愛がないのだと批判されたようです。当然受けるべきものまで受け取らずに自分を犠牲にしたのは、パウロが教会を正しい道に進ませたいからで、愛そのものです。なかなか通じないとしてもパウロの愛はここに溢れているのです。
http://twitsound.jp/musics/ts7vYC2oQ

☆★☆ 次週 2017年 7月 16日(日)の予定 ☆★☆
『苦しみと誇り』 ※ファミリー礼拝 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 11:22-28/新約聖書
タグ:聖書のお話
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香り [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
聖書の御言葉を思い巡らしています。
「この香は聖徒たちの祈りである」
「私の祈りが、御前への香として、私が手を上げることが、夕べのささげ物として立ち上りますように」
このように、聖書では祈りが「香」にたとえられています。
私たちのささげる祈りが、香のように神様の前に立ち上り、あなたのもとに蓄えられている…。
何と壮大で壮麗なことか…と、心をうたれます。
私たちがすでに忘れてしまっている祈りでさえも、あなたの前には覚えられているのでしょうか…。
私たちが、これからも、信仰と喜びと希望をもち、「御前への香として」祈りをささげていくことができるようにならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2017年 7月 2日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の熱心をもって』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 11:1-6/新約聖書
11:2 私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからです。私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。

 人を大切に思うがゆえに熱心になり過ぎることがあるでしょうか。 パウロがコリント教会の人たちに接する姿はまさにそのようなものでした。
 パウロには危機意識がありました。コリント教会の人たちの信仰を歪め、間違った方向に誘う教えが入り込(こ)んでいたからです。それは蛇がエバを欺いて神の言葉から目をそらさせ、罪へと引き込んだのと似ているからです。偽教師たちの上手な話しぶりもそのために役立っていたようです。
 パウロは愚かなことだと認めながら自分を誇ることにしました。それは結婚していく娘を送り出す父親の愛と同じだと語ります。神が私たちを思う熱心と同じような熱心さをパウロは彼らに向けているのです。
 パウロの願い、いいえ神様の願いは、一人の男性に愛を示す花嫁のように私たちがイエス様をまっすぐに愛し、イエス様を第一として生きることなのです。イエス様から目をそらせようとする新しい教えや考え方に迷わされたり、魅力を感じたりすることのないように注意を促しているのです。私たちの歩みがいつもイエス様を第一とするものでありますように…
< http://twitsound.jp/musics/tsXcg6eOi >

☆★☆ 次週 2017年 7月 9日(日)の予定 ☆★☆
『愛の示し方』 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 11:7-15/新約聖書
タグ:聖書のお話
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私は何を恐れましょう! [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
イエス様の弟子たちは、闇と嵐のただ中にあった時、不安と恐れに包まれました。
これはまさに私たちの姿でもあります。
そんな弟子たちに、そして私たちに、あなたは力強く語りかけてくださいます。
「わたしだ。恐れることはない」と。
全てはあなたの主権のもとに置かれている…。
そうです、私は何を恐れましょう!
あなたは共にいてくださる方…。
そうです、私は何を恐れましょう!
私たちを導き、あなたが私たちにお与えくださるまことの平安で満ち溢れる者とならせてください。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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