So-net無料ブログ作成

愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

2017年 4月 23日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『神の御心に添った悲しみ』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第二 7:5-16/新約聖書
7:10 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。

 パウロは自分が書いた手紙によってコリント教会を悲しませることになったという後悔がありました。
 他人のために思いを尽くし力を尽くして行動する時、時には厳しいことも言わなくてはならないということが起こります。パウロは放置できないコリント教会の現実を憂い、厳しい言葉をもって語りかけたのでした。
 しかしコリント教会は神様に対する自分たちの罪を悲しみ、悔い改めたのです。それがまさしく「神のみこころに添った悲しみ」なのです。
 罪の結果を悲しむ人はいますが、罪そのものを悲しむ人は少ないのです。自分のために罪を後悔してやり直そうという人はいるかもしれません。しかし、神様に対して罪を悲しみ悔い改めることが求められています。

☆★☆ 次週 2017年 4月 30日(日)の予定 ☆★☆
『満ちあふれる喜びから』 ※ハッピーサンデー 
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 8:1‐15/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

はっきりと見える者でありたい [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちの肉体の目は年齢と共に衰え、次第に視力は落ちていきます。
では、私たちの信仰の目、霊的な視力はどうでしょうか…。
聖書には、「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように」と書かれています。
「心の目がはっきり見えるようになって」いないと、つまり、霊的な視力が落ちていると、これらのものが見えないのだと…。
私たちにはときどき、信仰の目の視力検査が必要なのかもしれません。
神様、あなたが見せたいと願っておられるその希望、大きなことを見るために、私たちの霊的な視力を取り戻させてくださいますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 4月 16日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『なぜ泣いているのですか』 ※イースター礼拝


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの福音書 20:11-18/新約聖書
20:18 マグダラのマリヤは、行って、「私は主にお目にかかりました」と言い、また、主が彼女にこれらのことを話されたと弟子たちに告げた。

 イースターおめでとうございます!この喜びが皆様の上に豊かにありますようにお祈りいたします。
 イエス様が十字架で死んで3日目の日曜日の朝、マグダラのマリヤはイエス様の墓に来ていました。そこはマリヤにとって悲しみの場所、そしてかすかに生前のイエス様に近づける場所でした。
 マリヤの悲しみは深いものでした。復活されたイエス様から「なぜ泣いているのですか」と呼びかけられても気づかないほどでした。希望も持てなくなった今、人の声は十分に聞こえず、心にも届かないのです。
 しかしこの時、マリヤは聞いたのです。自分の名を呼ぶ優しい愛に満ちた声を。「マリヤ」、この呼びかけは彼女を悲しみから立ち直らせることとなりました。マリヤは復活のイエス様に出会うことができたのです。
 イエス様は生きておられます。ここに希望があるのです。悲しみが喜びに変えられる、それはこの復活のイエス様との出会いによってです。

☆★☆ 次週 2017年 4月 23日(日)の予定 ☆★☆
『神の御心に添った悲しみ』  
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第二 7:5-16/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

思い起こしてみれば・・・ [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちはどのくらい本気であなたに祈り求めているのだろうかと思うのです。
痛みや辛い試練を経験しているときも、小手先で解決しようとするのです。
うまくその場をしのいでしまって、現状に甘んじ、何となく時を過ごしていることもあるのです。
そして、気づいたら…、問題がなくなっていたり、と。
思い起こしてみれば、あなたが与えてくださった時を見過ごしてしまっていたのです。
孤独や痛みや苦悩に押し出されるようにして、あなたに自分の心を注ぎ出して祈る者とならせてください。
中途半端な訴えや願いにとどまることなく、自分の一切を注ぎ出して祈ることができますように。
祈りの言葉もあなたから与えられるままに祈ることができますように。
あなたからの答えを得られるまで祈ることを続けることができますように。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 4月 9日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『完了した』※キリストの受難週


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの福音書 19:17-30/新約聖書
19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。

 罪のないイエス様はまるで犯罪人のように扱われて十字架にかけられ死なれました。このイエス様の十字架の死にはどのような意味があったのでしょうか。
 一つのことが「終わった」時でした。もはや手段を選ばないユダヤ人たちの嫉妬心はこの時、イエス様の死をもって終わったのです。
 しかしこの時、イエス様は大切なことを「達成した」のです。最初の人間が罪を犯したその罪の歴史の初めから神様が計画された罪人を救うという神様の愛の御心の達成です。イエス様が私たち罪人の身代わりとして罪がさばかれたのです。それは聖書の預言の成就でした。
 そして全てが「完了した」のです。私たちの罪は赦され、罪から解放され、神の義をいただきました。すなわち永遠のいのちが与えられ、新しい人となり、私たちは今まさに神の子どもです。贖いの完成です。

☆★☆ 次週 2017年 4月 16日(日)の予定 ☆★☆
  『なぜ泣いているのですか』 ※イースター礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 20:11-18/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

イエス様のように・・・ [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちは愛がわかったのです。」(聖書)
そうです。私たちは、このイエス様の十字架の死を通して真の愛の姿を知りました。
このイエス様の愛に応えて歩む者とならせてください。
「わたし(イエス様)は心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしに学びなさい。」(聖書)
愛は日々の平凡な歩みの中にこそ結実していくものだと思います。
その愛をイエス様に学ぶ者とならせてください。
「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。」(聖書)
私たちもこのキリストの愛の模範にならう者とならせてください。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(聖書)
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 4月 2日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『この人には罪を認めません』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの福音書 18:28-40、19:1-16/新約聖書
19:6 ピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの人を引き取り、十字架につけなさい。私はこの人には罪を認めません。」

 イエス様はユダヤ人の指導者たちによる裁判を経て、ローマ側による裁判を受けることになりました。
 総督ピラトにイエス様の命は預けられることになりました。ピラトは最初、ユダヤ人指導者に差し戻そうとしましたがそれは叶(かな)わず、次には釈放しようとしたり、むち打ちによって人々を納得させようとしました。ピラトには「この人には罪は認められない」という答えは出ていたのです。
 イエス様こそ私たち罪人のための救い主、この方こそ真理そのものであるにもかかわらず、人々は真理から遠ざかっていきました。ピラトは大多数の意見に乗ったり、自分の利益を優先しました。ユダヤ人指導者たちは目的達成のためなら手段を選ばず、また自分から罪の中に留まる道を選んでいきました。
 しかし、このようにして罪のないイエス様がまるで罪人、犯罪人のように扱われて十字架へと向かわれました。これはまさにピラト、ユダヤ人指導者、そして私たちすべての身代わりとなるためだったのです。

☆★☆ 次週 2017年 4月 9日(日)の予定 ☆★☆
  『完了した』 ※キリストの受難週
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 19:17-30/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

イースター礼拝! [スペシャル☆ニュース!]

『イースター礼拝』へご招待!


4月 16日(日)はイースター。イエス・キリストの復活を記念する大切な日です。
教会では「イースター礼拝」を行い、また、子どもたち向けの「子どもイースター集会」も行います。
ぜひ皆様、お出かけ下さい。心よりお待ちしております。

☆「イースター礼拝」 午前10時~11時
☆「子どもイースター集会」 午後2時~3時半
イースターチラシ 2017.jpg


★以下は、イースターをイメージし、教会のハレルヤクラブ(子ども集会)で作成した壁掛けです。教会の中に飾ってあります。
イースター_壁紙 2017.JPG

タグ:お知らせ
nice!(1)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

『穏やかに、そして静かに…』(近所のおばあちゃん:その3) [エッセイ/共に喜び、共に泣いて]

◆ 私が出会った人たち ◆ <連載 9>

 
 思いもよらない出来事だった。泥棒呼ばわりされてしまったのだから…。亀裂が入ったような状態になったが、結局、おばあちゃんとの関わりは続いた。次第に状況を理解してくれたので、私との信頼関係は回復していった。
 退院して自宅に戻れたものの、心臓が安心できる状態になることはなかった。市役所の福祉の方と連携しながら見守った。
 しばらくして特別養護老人ホームへの入所の道が開かれた。穏やかに暮らせる環境が保障され、本当にほっとした。
 礼拝への出席は、教会のメンバーが送迎することで実現した。日曜日を楽しみにして過ごし、やがて洗礼を受けた。その日は本当に嬉しそうだった。
 「思い上がりじゃないわよね?」
 おばあちゃんはよく口にした。イエス様は自分を愛してくれるのか、天国に連れて行ってくれるのか、時々心配になったのだ。
 聖書の御言葉を時々教えてあげた。
 「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル13:5)
不安がなくなり、とても嬉しそうだった。私はおばあちゃんに言った。
 「思い上がりなんかじゃないよ!」と。
 イエス様のいる天国に行くことが楽しみであり、目標でもあった。おばあちゃんの生き甲斐だったのかもしれない。
 ・・・ その日は静かに訪れた。
 おばあちゃんの地上での生涯は81年で閉じられた。そして、生前最も楽しみにしていたイエス様のもとへと召されて行った。身寄りのない方だったが、葬儀は教会で行った。遺骨は教会の墓地に納めた。私たちは年に一度、記念礼拝を行ない、先に亡くなった方々を偲んでいる。

〔2017.03/ほっとひと息・第109号〕

タグ:エッセイ
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

『急がば回れ』 [コラム Column こらむ!]

 他人のことをとやかく言えない身であることを承知した上でのことですが、私たちは「楽」をしたいと思っているでしょう。苦しいより楽しい、遅いより早い、遠いより近い、長いより短い、面倒くさいことより簡単を選びたいのです。
 実際、心の中で「ああ面倒くさい」と連発してしまう自分に気づきます。時間のかかる道を選ばず、少しでも早く着く道を選ぼうとしています。ネットショッピングをしながら「楽だなあ」とつぶやいています。
 ただ、弊害が出てきているような気がしてなりません。そして「急がば回れ」ということわざが胸に響いてきます。「楽」をしても良いことは多々ありますが、「面倒」を選ぶべきこともあるだろうと思います。
 スマホで子育て支援ができると話題になりました。「楽」になるでしょうが、幼い子どもが親の顔や目を正面から見なくなる、親の言葉を聞く機会が少なくなるでしょう。子育てに面倒はつきもの、時間のかかるもの、でも苦労のしがいがあるものです。
 タブレットを小学生に持たせて授業をする話に戸惑いました。先生の表情より端末の画面、字を書いたり消したりの苦労をしないでタッチパネルでの操作。「楽」だし「楽しそう」です。面倒くさい勉強が楽になるでしょうが、10年後20年後に実験結果が明らかになるでしょう。
 ほんの一例ですが、「面倒」でもそれを選択した方が良い分野を残したい…。「若い時の苦労は買ってでもせよ」の気持ちです。

〔2017.03/ほっとひと息・第109号〕

タグ:オピニオン
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog