So-net無料ブログ作成
検索選択

愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

2017年 2月 26日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『和解のことば』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:16-21/新約聖書
5:18 神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

 イエス様を信じた時、私たちは新しい人に造り変えられました。何というすばらしい恵みでしょうか。自分中心ではなくイエス様中心に生きる者へと変えられたのです。見え方も、聞き方も、受け止め方も、信仰によって一新されたのです。
 そのように変えられた私たちには大切な務めが与えられています。それは和解の務めです。罪人の私たちは、かつては神様の言うことを聞かない、まるで敵のような存在でした。しかし今は、イエス様によって神様と和解し、神様と共に歩むことのできる者とされています。このことを一人でも多くの人に分かち合うことが私たちに委ねられています。
 今や私たちは、和解のことばを持ってこの地で生きるキリストの使節、神の国の大使です。イエス様に代わって和解のことばを語り、救いの道を示し、信仰の道を教えるのです。そのために他の人より先に信仰に招かれ、今この地に派遣されているのです。イエス様によって与えられた計り知れない愛のみわざはどうしても人々に伝えなければなりません。

☆★☆ 次週 2017年 3月 5日(日)の予定 ☆★☆
  『何も持たないようであっても』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 6:1-10/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

イエス様とともに [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たち人間はだれでも、必ず何かを信じているのではないでしょうか。
それは…、お金か、権力か、あるいは自分自身? かもしれません。
そして人は、その人が信じるものに見合った生き方しかできないように思うのです。
お金を信じる人はお金と共に失われ、力を信じる人は力と共に滅ぼされるかもれません。
自分自身を信じる人は自分のプライド、こだわり、そして情念と共に生き、やがて溺れゆくように思います。
けれども、私たちクリスチャンはこう信じています。
キリストを信じる者は、キリストと共に「生きる」のだと。
私たちにこの信仰を与えて下さった神様に感謝を捧げます。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 2月 19日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『自分を取り囲んでいる愛』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:11-15/新約聖書
5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。

 人の行動力や情熱に驚かされることがあります。その人の中には何らかの理由があるものです。
 パウロは福音のために、教会のために、その行動力においても情熱においても他に類を見ない程でした。なぜでしょうか。パウロは神様を恐れる人だったからです。自分のことを全て知っている神様、愛し味方となって支えて下さる神様に喜ばれる者でありたいと願っていたのです。
 その行動力や情熱は誤解され、パウロは気が狂っていると批判されることもあったようです。しかし、すべて神様への熱心から来るものでした。そして一人でも多くの人々が福音を知り、救われてほしかったのです。
 パウロはただ一つ、自分の中に明確な動機があることを教えています。「キリストの愛が私たちを取り囲んでいるから」だと。イエス様が自分の罪のために十字架にかかって死んで下さったからです。このイエス様によって自分も新しい人に造り変えられたのです。今、自分はこのイエス様の愛に囲まれている、これがパウロの原動力となっているのです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 26日(日)の予定 ☆★☆
  『和解のことば』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:16-21/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

今日この日を生きる [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
人は過去の思い出とともに、未来への希望を持って生きているのだと思います。
しかし、それらにばかり偏った生き方では、人生が喜びに溢れたものとならないように感じます。
それは、人は過去でも未来でもなく、現在に生きているから…。
「今日」を生きることを抜きにして、私たちは生きることはできないのだと気づかされます。
もし、「今日」という日を感謝と喜びをもって生きることができないなら…、過去の思い出は現在の不満を際立たせるものになり、未来に真の希望を持つことは難しくなるでしょう。
聖書は神様について、「今いまし、昔いまし、後に来られる方」と記しています。
「今いまし」が先に書かれているように、神様、あなたは過去や未来だけでなく、何よりまず「現在」を治められる方。
「今日」この日を私たちに与えてくださり、みことばを通して励まし、支えてくださる神様に感謝します。
そして、「今日」を精一杯生きていけるようにと祈ります。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 2月 12日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『永遠の住まい』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:1—10/新約聖書
5:1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

 死に対する複雑な思いや意識を私たちはだれでも持っていますが、死後についての確信を持っている人は多くないでしょう。とても関心の高いことなのですが・・・。
 聖書は、私たちの体を地上の幕屋(一時的な仮住まい)と言い、そこには肉体の弱さのことが含まれています。病があり、人生において様々な風雨にさらされ、長い年月の中で老朽化は避けられません。
 しかし、やがて仮住まいではなく神様が私たちに建物を下さいます。それはいつまでも続くもの、永遠の住まい、新しい復活の体です。私たちは後の日に受け取るこの恵みを待ち望んでいるのです。
 だからと言ってさっさと人生を終えて天国へと早まってはいけません。信仰によって死後の確信を持てば、不安なく、死への恐れもなく過ごせるでしょう。どこにいても私たちは神様に喜ばれる日々を過ごすことが大切です。神様が約束されたものは確かに受け取るものだからです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 19日(日)の予定 ☆★☆
  『自分を取り囲んでいる愛』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:11-15/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

弱さを抱えながら・・・ [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちは弱さを抱えています。
イエス様の十字架を前に逃げ出した弟子たちのように、いざとなったら、あなたに従うことよりも自分のことを優先させてしまうのではないかと…。
でも、私たちが、自分の弱さを知る以上に、あなたが私たちのためにしてくださることを信じますと言うのは身勝手なことでしょうか。
自分が今も罪への傾向から逃げられないことを知りながらも、あなたがそんな私たちを救うために独り子の御子イエス様を与えてくださるほどに愛してくださることを私たちは知り信じています。
ですから、私たちは罪深い自分と向き合いながら、何度もあなたの前に進み出ることができます。
神様、あなたの愛によって砕かれた魂のままで…。
自分の弱さのために私たちは恐れを消すことができないかもしれません。
しかし、あなたが私たちを捕まえていてくださるという恵みの御手の確かさゆえに、あなたのものとして私たちが守られることを信じ感謝いたします。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

2017年 2月 5日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『毎日が新しい』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> コリント人への手紙第2 4:16-18/新約聖書
4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

 パウロはいろいろな苦労をする中で「勇気を失いません」と語り、その秘訣を明らかにしてくれました。
 「外なる人」は衰えても「内なる人」は毎日新しいと。肉体には限界があり、年齢を重ねるとともに衰えるのは当然ですが、魂は神様の恵みにより内側から強められるのです。もう無理だと諦めたくなるほどに弱さを感じることがあっても、神様が私たちを毎日新しくして下さいます。
 やがて後の日に受け取る素晴らしい栄光を思う時、「今の時」の患難は軽いと。もちろん、パウロが経験した悩みと苦しみは軽いものであったはずはありません。しかし、後の日に受け取る「永遠」の栄光に思いを向けるパウロには、それは大したことはないのだと言えたのです。
 前を見る人、後ろを振り返る人、周りが気になる人がいますが、パウロは「見えるもの」ではなく「見えないもの」を見ていました。つまりこの世の中にではなく、永遠に続く天国で神様とともに生きる日々にこそ目を向けていたのです。苦悩の中にもパウロには希望が満ちていたのです。

☆★☆ 次週 2017年 2月 12日(日)の予定 ☆★☆
  『永遠の住まい』
  <聖書の言葉> コリント人への手紙第2 5:1—10/新約聖書
タグ:聖書のお話
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

不安、再考 [祈りの言葉]

私たちの天の父なる神様。
私たちは「不安」というものを否定的にとらえています。
不安の中にいるよりは平安の中にいたいと誰もが願っています。
イエス様ご自身も「平安があるように…」と語られました。
しかし、その不安は本当に否定的なものなのだろうかと考え直しました。
考え方によっては、平安でいることで関心度が下がり、本来見つめねばならないものを見逃す結果になるかもしれません。
それは問題なのではないかと思うのです。
信仰が試されるような経験をさせられる中で不安を覚える時、私たちは自らの歩みを支えているものがいったい何であったのか真剣に考えようとするのではないでしょうか。
そして、そのような不安との格闘の中で、私たちは神様と出会うのではないでしょうか…。
私たちが不安に陥る時、その不安の先にも恵みを備え、私たちを見つめて下さるあなたのまなざしに気づかせて下さい。
イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog