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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

2016年 9月 25日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『豊かな報いを目指して』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第二 7-13/新約聖書
8 よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。

 世の中は動き続けていますが、変化してはならないものがあります。私たちの信仰に挑戦してくる新しい教えが登場しますが、信仰をそれに合わせる必要はありません。
 私たちの信仰、それは神の御子イエス様は神ご自身であり、また人として肉体を取って生まれ、生き、十字架で私たちの罪を贖いとなって死に、3日目に復活し、今も生きておられ、再臨されるお方です。
 新しい教えが登場した時、イエス様が人間であったとするならイエス様は神ではないと言われました。これは人を惑わす間違った教えです。その教えに惑わされて教会を出て行った人たちもいたのです。
 私たちは世の中に起こる新しい考え方、教えに注意しなければなりません。自分たちの信仰をいつも確認し、御言葉に留まり、その違いに気づいていける者でありたいと思います。教会の働き、福音の宣教、祈り、その労苦が結果として無駄になることさえあると警告されています。豊かな報いを目指して確かな信仰に立ち続けていきましょう。

☆★☆ 次週 2016年 10月 2日(日)の予定 ☆★☆
  『身近にいるお手本』
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第三 1—15/新約聖書
タグ:聖書のお話
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人生は航海・・・ [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
人生はよく、いろいろなことに例えられます。
それは戦いであり、旅、レース、登山…。
また、人生は航海にも例えられますが、なぎになる保証がありません。
今、あなたのみことばを思い起こしています。
「あなたは海の高まりを治めておられます。その波がさかまくとき、あなたはそれを静められます」(詩篇89篇)
このみことばを信じる時、人生の荒波を恐れることなどないのだと知りました。
あなたが私たちの人生に、なぎを起こして下さるのですから…。
私たちは、波の前には、その大小に関わらず、小さく弱い存在に過ぎません。
しかし「波がさかまくとき、あなたはそれを静められます」とのみことばを信じて歩むなら、のみこまれるようなことはありません。
どうか、私たちの信仰を強め、この御言葉を確信して歩むことができるように支えてください。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:祈り
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2016年 9月 18日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『私たちの行動を決めるもの』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第二 1-6/新約聖書
6 愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。

 人の行動は何によって決まるのでしょうか。ある人は自分の利益になるかどうかを考えて行動を選び、ある人は他人の考えに流されて行動します。その時の感情次第という人もいるかもしれません。
 聖書は私たちに3つのことを勧めています。第1は真理の内を歩むことです。真理とはイエス様ご自身であり、イエス様によって証された父なる神の愛にほかなりません。これはすべての土台です。
 第2は主の命令に従って歩むことです。私たちが右に行くべきか左に行くべきか、神様の言葉を頼りにするべきです。神様に喜ばれる道なのかどうか、そこに私たちに信仰の現われが見えてきます。
 そした第3は愛の内を歩むことです。神様の命令の中心は私たちが互いに愛し合うことです。ヨハネの手紙はこれを繰り返し語って来ました。それだけ重要なことであり、何度でも心に刻む必要があるのです。
 私たちの行動を決めるものは何でしょうか。これら一つ一つを思い起こして歩むことです。そしてそれを実行することです。

☆★☆ 次週 2016年 9月 25日(日)の予定 ☆★☆
  『豊かな報いを目指して』
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第二 7-13/新約聖書
タグ:聖書のお話
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2016年 9月 11日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『残された者として』 ※召天者記念礼拝


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> 創世記 23:1-4、16-20/旧約聖書
ヘブル人への手紙 11:13
これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。

 召天者記念礼拝を捧げる時、ある意味で私たちは残された者であることを思います。
 アブラハムは妻サラを先に失いました。彼は嘆き涙を流しましたが、やがてその遺骸のそばから立ち上がり、残された者としてその遺骸を葬ることに力を尽くしました。ここに残された者の使命があります。
 アブラハムたちの生き方を見る時、そこにあるのは旅人という姿です。今の暮らしが定住の地ではない、別な目的地を目指して生きているのです。自分たちの本来の落ち着く先は別にあると知っていたのです。
 アブラハムたちが見ていた目的地、目標とは天の故郷、天国です。アブラハムたちが地上で手に入れたものはわずかでしたが、それよりも天国という明確な目標の中に暮らしていたのです。夫婦そろってその信仰を持ち、天国での暮らしを思い描き、先に天に召された者たちとの再会を待ち望んでいたのです。

☆★☆ 次週 2016年 9月 18日(日)の予定 ☆★☆
  『私たちの行動を決めるもの』 ※ファミリー礼拝
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第二 1-6/新約聖書
タグ:聖書のお話
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鮮やかなあなたのみことばを求めて [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
鮮やかにあなたのみことばを聞かせてくださいますように。
心の目が曇り、真実にあなたのことを求めることをしない自分がいるからです。
心の耳が塞がり、あなたのみことばを聞き続けることに乏しい自分を思い出さざるを得ないからです。
信仰の目がかすむ時、私たちの歩みは過ちへと外れ、信仰の耳が鈍くなる時、周囲の人の声に引きずられて行くのです。
あなたのみ心を求めることができなくなったら…、自分のわがままばかりが人生を支配してしまうことになるでしょう。
鮮やかにあなたのみことばを聞かせてくださいますように。
それによって生まれる悔い改めの心をあなたが受け入れてくださいますように。
心を頑なにしていた自分、自分は自分で守れる…、そんな思い上がりを赦してくださいますように。
あなたのみことば拒んで歩んで来たこれまでの愚かさを憐れんでくださいますように。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
祈り.jpg

タグ:聖書のお話
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2016年 9月 4日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『私たちは神のもの』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 5:18-21/新約聖書
5:18 神によって生まれた者はだれも罪を犯さないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。

 自分を知ることは大切なことです。自分のできることできないことを見極めることができるからです。
 イエス様を信じる信仰によって私たちはどのように変えられたのかを知ることはさらに重要です。クリスチャンとしての自分の姿のことです。
 「神の子どもは罪を犯さない」のです。罪だと知りながら心に責められることもなく平気で罪を犯すことはないということです。神様が私たちを守ってくださっているからです。
 「私たちは神からの者である」と。世界が悪魔の支配の中にあっても私たちは神のものであるということです。ここに圧倒的な保護があります。だから私たちは罪を離れ、悪い道を避けることができるのです。
 「主が真の神知識を下さった」のです。人間の知識や考えでは知ることのできないこと、つまり、神様の愛と義と聖さ、その真実をイエス様が私たちに明らかにしてくださいました。だから今私たちは、救い主イエス様を信じ、永遠のいのちを受け取っているのです。

☆★☆ 次週 2016年 9月 11日(日)の予定 ☆★☆
  『残された者として』 ※召天者記念礼拝
  <聖書の言葉> 創世記 23:1-4、16-20/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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荒野の道においても [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
現実の道が茨の道であればあるほど、あなたに心を向けられたらと願います。
乾きに乾いた荒野の道であればあるほど、祈りとうめきをもってあなたに近づけたら…、と思います。
そして、自分の感情に振り回されることから自由になって、ただ、あなたにゆだねることができたら・・・。
たとえ、どこもかしこも黒雲におおわれ、乾ききった荒野のように殺伐とした状況になったとしても、満ち足りるほどの雨を受け、暖かい朝日に照らされて生き生きとしている若草のように、新しい希望が開かれるようにしてください。
今、私たちが、あなたへの信仰によって、まだ見えていない明日に望みを抱き、無から有を呼び出されるあなたに心を向け、祈りと願いはすでに実現されたものであるかのように固く信じ、臆することなく歩みだせるようにしてくださいますように。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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