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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

自分を捨てる [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
私たちはいつも、自分を守ること、自分を主張することに思いが向けられていきます。
それができるときは傲慢になり、できなければ人を羨み、足を引っ張ることさえ考えるのです。
それさえもできなければ、人を批判することで劣等感から身を守ろうとしてしまいます。
ここに私たち人間の罪の傾向が見えてきます。
ところが、他人のそういった振舞いを見てがっかりしながら、結局、同じようなことを自分もしていることに気付かされて、本当に自分が嫌になってしまいます。
どれもこれも自分中心で高慢な私たちの姿…、神様どうか赦してください。
私たち人間の罪はいつも自分で自分を守ることばかりに向けられるものなのでしょうか…。
神様の愛は自分を捨てることによって、つまりイエス様の十字架によって現されていることを示されています。
自分を捨て、自分の十字架を背負って、あなたに従う歩みをすることができますように。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 5月 22日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『惑わされないように』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:18-27/新約聖書
24 あなたがたは、初めから聞いたことを、自分たちのうちにとどまらせなさい。もし初めから聞いたことがとどまっているなら、あなたがたも御子および御父のうちにとどまるのです。

 私たちはイエス様を神の御子、救い主として信じています。これは私たちの信仰の中心です。ところが、それを否定する人たちがいるのです。「反キリスト」と呼ばれるものです。この反キリストは教会の中に入り込んでくるものです。私たちはこれに惑わされないようにしなくてはなりません。
 私たちが今、イエス様に対する信仰を告白できるのは、自分が聖書を学んで得た知識によるものではなく、神様からの油そそぎ、つまり聖霊が与えられているからです。聖霊なる神様が私たちを教えるのです。ですから聖霊により私たちは真理を見分けることができるのです。
 私たちを惑わす時代はいつでも訪れるでしょう。私たちは繰り返し知る必要があります。どこまでも御言葉にとどまり、聖霊にとどまることです。真理はそれらから離れたところにはないからです。

☆★☆ 次週 2016年 5月 29日(日)の予定 ☆★☆
  『神の子ども』 
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:28-3:3/新約聖書
タグ:聖書のお話
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神を待ち望む [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
置かれた時代や環境によって、私たちの抱える問題にはいろいろ違いがあるでしょう。
でも、私たちの苦しい思いは共通しています。
押しよせる現実に思い乱れ、出口の見えない迷路をさ迷います。
そして、涙が昼も夜も絶えることなく、やがて孤独に陥っていくのです。
そんなとき、この苦しみを誰かに分かってほしい、助けてほしいと思っても、誰かが私たちのそのような心の叫びを癒しきることはできないのです。
聖書の詩人が私たちに語りかけます。
「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。・・・神を待ち望め」と。
どうか私たちが、苦しみの中にあって、神様、あなたを見上げることができますように。
思い乱れて騒ぎ出す私たちの心をしずめ、あなたを心から待ち望む者とならせてください。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 5月 15日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『その勇気はどこから』 ※ペンテコステ礼拝(ファミリー礼拝)


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> 使徒の働き 4:1-20/新約聖書
4:8、12 ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「・ ・ ・この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」

 イエス様の復活から50日目、ペンテコステの日を迎えました。これは聖霊が注がれた記念の日です。
 教会の弟子たちによる豊かな働きに対して世の力が迫って来ました。彼らにとって都合が悪いことだからであり、妬みから来るものでした。そして世の力は脅かしによって弟子たちを思い通りにしようとしたのです。時代の変化があっても世の力は似たようなことを続けています。
 しかし、聖霊が与えられた弟子たちには勇気が与えられていました。神様が恵みによって着せて下さった聖霊の力です。ですから、弟子たちは福音を大胆に語ることができ、イエス様以外に救いの道がないことをはっきりと語り、神様に従う道を貫くことを宣言したのです。
 聖霊に満たされて私たちも歩みたいと思います。信仰によってすでに聖霊が与えられていることをまず確信しましょう。その上で、祈ることが優先されます。聖霊は自分の力を頼りにする人とともには働きません。そして聖められることです。私たちも聖霊に満たされて歩みましょう。

☆★☆ 次週 2016年 5月 22日(日)の予定 ☆★☆
  『惑わされないように』 
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:18-27/新約聖書
タグ:聖書のお話
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『涙、そして笑顔』 [エッセイ/共に喜び、共に泣いて]

◆ 私が出会った人たち ◆ <連載 5>


 「末期の状態にある30代の患者さんにお会いしたい・・・」、その切なる祈りは応えられ、病床訪問の道は開かれた。
 予定した面会の日を迎えた。仲立ちをしてくれた教会のメンバーでもある看護師とともに病室を訪ね、その扉を開けた。
 患者さんとそのお母さんに加えて、なぜか何人もの看護師さんも待っていた。
 経験したことのない緊張感を抱きながら、心の中では祈りつつベッドに近づき、簡単に自己紹介をし、言葉をかけた。
 「大変だったですね・・・。」
 まもなく不思議なことが起きた。患者さんの目に涙があふれているではないか。わずかな言葉だったが、それは患者さんの心の重荷に触れた言葉となったのだ。
 患者さんの心が開かれたことを私は知った。長年の苦悩とともに背負ってきた心の重荷を降ろして救われたい、その切なる思いが伝わってきた。
 聖書のある箇所を開いて短くお話しをした。神様が私たちを愛して下さっていること、私たちはみな罪人であること、努力によってではなくただ恵みによって救われ、神様の子どもとなって、私たちは天国に行けるようになることをお話しした。
 私は患者さんに尋ねた。
 「イエス様を救い主と信じますか?」
 患者さんは驚くほど素直に応じ、イエス様を信じるお祈りを一緒にした。涙があふれていた顔は、すでに素敵な笑顔に包まれていた。患者さんは救われたのだ。
 病室を出る時、お母さんが私を呼び止め、声をかけてくれた。
 「もう何年もあの子の笑顔を見ていませんでした。今日、笑顔が戻りました。本当にありがとうございました。」と。  

〔2016.5/ほっとひと息・第105号〕

タグ:エッセイ
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『教会カフェという居場所』 [コラム Column こらむ!]

 教会カフェを始めて3年が経ちました。特別なコーヒーやデザートを出せるわけでもなく、おしゃれな雰囲気のあるカフェというわけでもなく、“普通”の感じでしかないのですが(BGMは流しています)、続けて来ることができました。
 教会の集まりとしては、カフェは珍しい活動です。賛美歌は歌わない、お祈りもしない、献金の籠も回ってこない、聖書の話を聞かされることもない。求められればしますが…。とても自由な集まりです。その上、いつ来て、いつ帰っても良いのです。
 本を読まれる方もあり、ゲームをしている方もおられます。お子様連れの方は子どもを自由に遊ばせています。一応、おもちゃもありますから(大人用もあります)。
 教会カフェに来られる方は、何を期待して来られるのでしょう。わかっていることの一つは“おしゃべり”です。訪れた方同士でのおしゃべりもありますが、多くの場合、マスター(牧師)に声をかけ会話を楽しんでいます。カフェの時は、日頃の教会の雰囲気と比べたらまったく別なものでしょうから、肩の力が抜けて、みなさんお話ししています。小さな子どもたちから一緒に遊ぶことを期待されることもあります。
 こういう時間や空間の提供が人のニーズにあっているのかもしれません。この教会カフェはおそらく、“もう一つの居場所”になってきたのでしょう。“たまり場”かもしれません。この教会カフェ、私にとっても心地よい気楽で楽しいひと時です。

〔2016.5/ほっとひと息・第105号〕

タグ:オピニオン
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『聖書の言葉の力』 [バイブル・メッセージ]

 皆様、お変わりありませんか。
 私自身、大なり小なり、人生のいろいろな局面を経験してきました。しかし、そのような中で助けとなったものがあります。それは聖書の言葉です。
◆「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」(ローマ人への手紙5:8)
 私は自分の罪深い姿をこれまで何度も感じて来ました。警察のお世話になるところまでは行っていないとは言え、自分の胸に手を当てた時、後ろめたいことが沢山あります。そのような時にこの聖書の言葉に出会い神様の深い愛に触れることができました。こんな心の汚い私も愛され、赦されている。感謝の言葉しかありません。
◆「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」(詩篇46:1)
この 言葉は、次男に聴覚障害があるとわかった時、また、ムコ多糖症という難病であることが判明した時に響いてきた言葉です。行き場を見失うような心の衝撃を経験する中でも、神様は避難所であり、そこで新しい力を得、事実を冷静に受けとめて前を向くことができました。
◆「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6-7)
 何度も何度もこの聖書の言葉は私を助けてくれました。不安な時、心が乱れる時、この言葉を思い出します。不思議なほど私の心は平安になるのです。これは悩みを抱えた何人もの人に紹介しましたが、私にもずっと必要な聖書の言葉です。 -牧師-

〔2016.5/ほっとひと息・第105号〕

タグ:聖書のお話
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あなたが決めておられるように… [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
私たちは誰でも、自分の将来についてあれこれと計画を立てるものです。
時に、その思いを言葉にし、「どうぞ私の人生をこの計画のように導いてください」と祈ります。
しかし、聖書の詩人は「御名を愛する者たちのためにあなたが決めておられるように、私に御顔を向け、私をあわれんでください」(詩篇 119:132)と祈りました。
あなたが決めておられる道に優る道は無いことをよく知り、あなたを信頼していたからなのでしょう。
「あなたが決めておられるように」と祈る者となれますように。
あなたの前に砕かれたたましいとならせてください。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 5月 8日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『世を愛するな。とは…』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:12-17/新約聖書
2:16 すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。

 キリスト者とは…、この答えを持っていることは大切です。それは主の御名によって罪が赦された者であり、そして神様を知り、神の御言葉とともに生きている者たちです
 この聖書の箇所において勧められていることは、「世を愛するな」というです。ここで言われている「世」とは、人の住む世界のことではなく、罪と結びついた側面の世を意味して言われています。
 なぜその「世」を愛するなと言われているのでしょうか。それは神様の御心に反し、神様の愛と対立するものだからです。そして私たちは神様とその「世」を同時に愛するという二心を持つことはできないのです。
 「目の欲」は何かを持ちたいという欲望、「肉の欲」は何かを経験したいと欲する心、「暮らし向きの自慢」とは自分は何者かでありたいと思い上がる心です。これらのゴールは滅びです。
 私たちは主の御言葉にとどまり、御心を行いましょう。それは永遠の祝福をもたらすものですから。

☆★☆ 次週 2016年 5月 15日(日)の予定 ☆★☆
  『その勇気はどこから』 ※ペンテコステ礼拝(ファミリー礼拝)
  <聖書の言葉> 使徒の働き 4:1-20/新約聖書
タグ:聖書のお話
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光と闇 [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
私たちの世の中には闇があります。
憎しみが生み出すもの、それは悲劇です。
疑いが生み出すものは敵意。
妬みは卑屈さの現れであり、敗北感から出てくるものです。
光が闇の中に輝き出る時、闇は光に反発し、そこには患難が生じるでしょう。
しかし、私たちは恐れません。
患難は忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すことを知っているからです。
光である御子イエス様は、すでに闇の世に打ち勝ってくださいました。
だから、イエス様と共に生きる者とされた私たちが臆することなく、強く勇敢でいることができるように助けて下さい。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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