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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

2016年 4月 24日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『キリストにならう者となる』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:3-6/新約聖書
2:6 神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。

 私たちが誰かの言葉に感動した時、その言葉のように生きたいと思うことでしょう。また、誰かの生き方に心が動かされた時、その生き方を見倣いたいと願うことでしょう。
 クリスチャンとはどのような者たちでしょうか。聖書の御言葉に感動し、また、イエス様が人々を愛し、受け入れ、仕え、いやし、十字架の死にまでも従ってその愛のすべてを示し、私たちの罪を赦して下さったその姿に真理を見出したからこそ、私たちは罪を悔い改めてイエス様をただ一人の神様と信じました。
 私たちにはすでに心の変化があったのです。ヨハネは「神の命令を守る」、「みことばを守る」、「神のうちにとどまっている」という言葉でそれを表現しました。クリスチャンとはそのような者なのです。
 そして、その心の変化は外に現れるものなのです。「神を知っている」、「神の愛が全うされる(神のうちにいる)」、「キリストが歩まれたように歩む」という具合です。クリスチャンの生き方は見えるものなのです。

☆★☆ 次週 2016年 5月 1日(日)の予定 ☆★☆
  『互いに愛し合う者となる』
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:7-11/新約聖書
タグ:聖書のお話
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しっかりつなぎ止めてください [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない」(イザヤ書54:10)と言われるあなたのみことばを感謝いたします。
どんな状況にあっても、あなたの変わらぬ愛に立てたらなんと幸いなことでしょう。
人生の激流に押し流されたり、飲み込まれたりしないように、神様、あなたの大きな愛の錨で私たちをしっかりつなぎ止めてくださいますように。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 4月 17日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『きよめられる道』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:1-2/新約聖書
2:1 私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。

 私たちが神の光の中を歩んでいるなら、罪という闇が明るみに出されなければなりません。神様の願いは私たちが「罪を犯さないようになる」ことです。そのことをヨハネは優しく「私の子どもたち」と呼びかけ愛情を傾けています。
 クリスチャンになっても罪を犯すことがあります。しかしイエス様が私たちを弁護して下さるのです。私たちの側に立ち、助けて下さいます。それはイエス様を3度も否定したペテロのために祈られた姿と同じです。
 イエス様自ら、その愛の故になだめの供え物として十字架で死なれました。罪に対する罰はイエス様が引き受けて下さったのです。私たちは今、その愛の光の中に生かされているのです。
 私たちはどれほど偉大な愛の中に生きているのでしょう。「どうせ赦されるのだから、どんな罪を犯しても平気だ」という思いは決して私たちの心に浮かぶことはないでしょう。愛されている者はその愛に応えたいと願うものです。こうして私たちはきよめられる道を進んで行くのです。

☆★☆ 次週 2016年 4月 24日(日)の予定 ☆★☆
  『キリストにならう者となる』
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:3-6/新約聖書
タグ:聖書のお話
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鷲のように・・・ [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
どんなに強がっても、私たちは弱い者です。
罪の誘いにもすぐに負けてしまうような者です。
あなたは、そんな私たちであっても愛してくださり、あなたを待ち望む者としてくださり、鷲のように翼を張って舞い上がることができる新しい力を日々与えてくださることを感謝します。
どうか、私たちが今置かれている場所で、そこでどんな試練や困難があっても、たとえ希望を見出せない中にあっても、あなたを待ち望む者として歩ませてください。
鷲が上昇気流を受けて空高く舞うことができるように…、あなたからの風を受けて、確かな歩みへと導いてください。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 4月 10日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『光の中を歩む』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 1:5-10/新約聖書
1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。

 私たち人間は自分にとって都合の良い考え方をするものです。昔、ある人たちは考えました。霊は永遠であっても肉体はいつか死を迎え滅びるから、その体の欲求を満足させる生き方など自由にすれば良いと。
 またある人たちは考えました。人間には生まれつき罪を犯す傾向などないのだ。だから罪の悔い改めなど必要ないのだと。
 では私たちはどのように歩むのでしょうか。
 神様は光であるお方です。私たちは闇から光の中へと導かれ、その愛の光の中に移された者たちです。どうしてまた過去の闇の中に戻るような生き方を平気ですることができるのでしょうか。
 イエス様の十字架が私たちの罪を赦し私たちをきよめます。私たちが罪人だからです。どうしてこのイエス様の十字架さえも意味のないものとするような生き方を受け入られるのでしょうか。
 私たちは神の光の中を歩み続けましょう。

☆★☆ 次週 2016年 4月 17日(日)の予定 ☆★☆
  『きよめられる道』 ※ファミリー礼拝(カフェ・スタイル)
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 2:1-2/新約聖書
タグ:聖書のお話
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新しくされた私たち [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
信仰の喜びについて考えてみました。
自分が新しくされる時に受け取る喜びというものがあるのでしょうか…。
日々繰り返される当たり前の小さな出来事が、新しくされたことで、自分にとっては新しい喜びと感謝になったり…。
新しくされるというのは、今まで見ていたものの見え方も変わるほどの変化です。
罪の悔い改め、その時、私たちはイエス様にあって新しくされる、改めさせられる、造りかえられるのですね。
神様、本当にありがとうございます。
悔い改めは、自分のやったことを反省して、申し訳無く思うばかりではありません。
イエス様の愛と恵みを知り、自己中心を止めて、これからは神様に生かされているという感謝と喜びを抱いて生き始めることです。
これからはもう、毎日、神様に向かい、何をするにも一つ一つを祈りつつ取り組むことができますように。
そして、私たちを日々感謝と喜びに導いてくださいますように。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 4月 3日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『いのちのことば』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 1:1-4/新約聖書
1:3 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。

 ヨハネの手紙が書かれた理由について、著者の使徒ヨハネが次のように書いています。
 「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持(も)っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」(5:13)
 つまり、このことを疑う人々、それを疑わせるような教えがあったからなのです。社会の動きが人々の考え方を変え、聖書の御言葉の理解も変えていくことがあることを気づかれます。ヨハネの手紙を通して改めて私たちの信仰とはどのようなものなのかを確認しましょう。
 私たちの信仰の中心にあるものはイエス様です。この方との出会い、触れ合い、人格的な交わりが私たちにいのちを与えて下さいます。イエス様ご自身がいのちのことばだからです。
 私たちはこの信仰に立ってイエス様と交わり、喜びを共にする交わりをしていきたいと思います。それが真実なクリスチャンの交わりです。

☆★☆ 次週 2016年 4月 10日(日)の予定 ☆★☆
  『光の中を歩む』
  <聖書の言葉> ヨハネの手紙第一 1:5-10/新約聖書
タグ:聖書のお話
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見えないものに目をとめて [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
私たちのこの世界は、ただ目に見えるものだけが存在しているのではありません。
実は、目に見えているものの方がほんのわずかで、部分的なものに過ぎないのです。
私たちの目には見えないけれども、より豊かなもの、大いなるものがあるのだと信じます。
見えるもの…、それはやがて過ぎ去っていきます。
見えないもの、小さなものにこそ、信仰そのものが隠されてあるのでしょう。
聖書が私たちにこのことを気づかせてくれます。
「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。」(聖書/ヘブル人への手紙11:3)
私たちは、自分のことだけを見ていれば、小さな者にすぎません。
しかし、私たちが目に見えないものを見、そこに信仰を見い出す時、それが祈りとなり、またあなたの豊かさにあずかることとなるのだと信じ感謝いたします。
私たちの救い主であるイエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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