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愛されるために生まれたあなたへ・・・。私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

祈りが虚しく思えるとき [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
正直なところ、祈っていても実感が伴わないことがあります。
何か虚しい気持ちになることさえあるのです。
こんなに言葉を重ねたところで、本当にあなたに届いているのか…、と不安を覚えてしまいます。
とにかく祈るべきだとわかっていながら、自分の祈りが頼りなく感じられます。
こんな経験をするぐらいならば、いっそのこと祈らないほうがいいのではないか…。
しかし…、自分の中にあなたに求めているという実感があること以上に、もっと確かなことがあることに気づかされています。
それは、既にあなたが私たちの祈りを聴いていてくださっているという確かさです。
神様、自分にとっては虚しいと思えるわずかな祈りの言葉すらも、あなたが耳を傾け、受け止めてくださっている…。
私たちがその確信の中で祈りを続けることができるように助けてください。
いや、祈ることだけでなく、私たちが自分の全存在をかけて、あなたの確かさに信頼して生きていきたいと願っています。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 2月 21日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『約束された贈り物』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ダニエル書 12:1-13/旧約聖書
12:1 しかし、その時、あなたの民で、あの書にしるされている者はすべて救われる。

 ダニエル書が最後に語ったことは、終わりの時に「いのちの書」に名が記されている者たちは救われるということです。永遠のいのちを約束されていた者たちは、先に死んだ者たちも終わりの時に生きていた者たちも皆、新しいからだを受け取って復活するということです。
 私たちは罪人に過ぎません。神様の前に正しいところはないのです。しかし、イエス様の十字架の贖いのおかげで私たちの罪は神様の前に赦されています。自分の罪を悔い改め、イエス様を救い主として信仰をもって受け入れる時、私たちの名は「いのちの書」に書き加えられたのです。それは天国に国籍を持つ者の住民票です。
 神様は私たちに約束したものを必ず終わりの時に与えて下さいます。それは新しい復活のからだです。もはや痛みも苦しみも病もなく、もちろん死もないのです。このからだをもって天国で永遠にイエス様とともに生きるのです。この約束は私たちへの神様からの贈り物です。

☆★☆ 次週 2016年 2月 28日(日)の予定 ☆★☆
  『ラザロよ、出てきなさい』
  <聖書の言葉> ヨハネの福音書 11:20-44/新約聖書
タグ:聖書のお話
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不自由な私たち [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
私たちは、これまでに手に入れた成功や人からの称賛などに頼って自分を高く評価してしまうことがあります。
反対に、特に成果の覚えもなく褒められたこともなければ、自分を卑下することになるでしょう。
どちらにしても私たちは、人からの評価に振り回されているわけです。
それはまるで、人々に操られているような、とても不自由な状態だと言えるなのかもしれません。
このままでは結局、自分を失うだけです。
神様、あなたの真理の光で私たちを照らし、人からの評価に振り回されることから私たちを自由にしてください。
本当の私たちは、あなたの無限の愛に根ざした存在であることを知ることができますように。
そして、自分を正しく受け止められるよう祈る者とならせてください。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 2月 14日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『終わりの時に』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ダニエル書 11:40-45/旧約聖書
マタイの福音書 24:13-14/新約聖書
 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

 「終わりの時」と聞いて考えることはどんなことでしょうか。滅亡、破壊、苦しみ、悲しみ・・・でしょうか。
 聖書は確かに終わりの時が来ることについて語っています。その日には、どんな世の力、権力も軍事力も私たちの知らない大きな力も、誰にも助けられることなく滅びると伝えられています。
 イエス様ご自身も終わりの日のことについて語られました。マタイ24章が参考になります。その時には平和とはかけ離れた状態が訪れるようです。私たちにとってそれは不安なことであり、恐れを抱くような出来事です。しかし問題はその先に何があるのかではないでしょうか。
 その先にあるものとはイエス様の再臨です。復活の後に天に帰られた御子イエス様が再びこの地に来られ、全地を治めるのです。世界のどのような力も御子イエス様の権威の下にひれ伏すことになるのです。
 必ず訪れるのはむしろ神様の栄光の時と知るべきです。ですから私たちは神様の子どもとされた者としてふさわしい歩みを続けましょう。

☆★☆ 次週 2016年 2月 21日(日)の予定 ☆★☆
  『約束された贈り物』
  <聖書の言葉> ダニエル書 12:1-13/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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むなしい人生だけれども・・・ [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
ご覧ください。
私たちに与えられた生涯は、それほど長いものではありません。
神様の御前には、私たちの人生など無に等しいのです。
人は確かに自分で立っているように見えますが、それもむなしく、影のように移り行くものにすぎません。
しかも、どんなにあくせく活動しようと、何ひとつ残せるわけではありません。
やはり神様の御前には、私たちの人生なむなしいものではありませんか。
神様、それなら私たちは何に望みを置いたらよいのでしょうか…。
私たちは、ただあなたを待ち望みます。
むなしい人生のわずかの歳月の中で、幸せとは何かを誰が知ることができるでしょうか…。
その一生の後、日の下で何が起こるかを、誰が人に告げることができるでしょうか…。
神様、私たちは何に望みを置いたらよいのでしょうか…。
私たちは、真実な愛を小さな私たちにさえも豊かに現してくださるあなたを待ち望みます。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 2月 7日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『どんな時代にあっても』


<礼拝メッセージの概要>
聖書と十字架.jpg


<聖書の言葉> ダニエル書 11:36-39/旧約聖書
詩篇 37:3 主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。

 2016年が始まって1か月余り。すでに多くのことが日本でも世界でも起きています。これから先もいろいろなことが起こるのでしょう。しかし聖書を通して私たちは神様が未来を知っておられることに気づきます。これは安心材料となるでしょう。

 世界は権力を奪い合うことを続けています。世界の指導者になることを権力者は夢見るのです。それは自分自身を神と同じ、あるいは神以上の存在にまで引き上げるふるまいなのですが・・・。
 そのような中にあって神の民はいかに生きるべきなのでしょうか。「民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる。」(ダニエル書11:33)と書かれています。酷い時代の中でも神の民は神の愛を証しし、福音を伝えるのです。神様への信頼があるからこそ神の御心を生きることができるのです。
 「主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。」(詩篇37:3)は覚えるべき御言葉です。どんな時代にあっても私たちは神の民としてふさわしい歩みをするのです。それが思慮深い歩みだと信じます。

☆★☆ 次週 2016年 2月 7日(日)の予定 ☆★☆
  『終わりの時に』
  <聖書の言葉> ダニエル書 11:40-45/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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感謝にあふれた生活を探して [祈りの言葉]

私たちの父なる神様。
どうすれば私たちは本当に感謝にあふれた生活をおくることができるのでしょうか?
過去の出来事を振り返る時に私たちが簡単に陥りやすい考え方は、感謝できる良い思い出と、忘れてしまいたい悪い出来事とを区別してしまうことでしょう。
しかし、このように過去を振り分けるなら、こだわりなく未来に向かって歩んでゆくことはできないように感じます。
忘れたい多くの出来事を抱えたままであれば、まるで荷物を引きずりながら未来に向かっているようなものです。
本当に感謝することのできる思いとはどのようなものでしょうか。
それは過去のどんなことをも含んだもの、その全てが神様の導きのもとにあったことだと受け止める心だと思います。
私たちの過去の全てを、感謝という光のもとに持ち出すことは難しいことかもしれません。
しかし、その「全て」を振り返る勇気を持ち、神様の視点でそれらを見ることができるなら、感謝と本当の「自由」を知る者となるだろうと信じます。
そのような勇気と視点をどうかお与えくださいますように…。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン
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タグ:祈り
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2016年 1月 31日(日) [今週の礼拝(恵みの扉)]

『あなたの祈りは聞かれている』


<礼拝メッセージの概要>
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<聖書の言葉> ダニエル書 10:10-21/旧約聖書
12 恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。

 「あなたの祈りは聞かれている」とは嬉しい言葉です。自分の口から出た祈りを神様は受け止めて下さっているのですから。祈りは空しいものではないのです。
 ダニエルのところにひとりの人が来られました。表現できないほどのその姿はおそらく地上に来られる前のイエス様だと思われます。その方はダニエルに触れたのです。しかも二度、三度と。幻に怯えているダニエルは次第に安心できるように変えられていきました。言葉を失うような状況でしたが、その方に触れられて話せるようになりました。
 イエス様の御手に触れられて変えられた人の何と多いことでしょうか。福音書にはそれが記録されています。盲人も、重病人、難病者、社会から追放された状況にいる人も、その御手に触れられていやされ、その御手に愛を感じ、心も変えられていきました。
 私たちは弱く、力もありません。しかしイエス様が私たちに触れて下さるので、立つことのできない者をも再び立たせて下さるのです。

☆★☆ 次週 2016年 2月 7日(日)の予定 ☆★☆
  『どんな時代にあっても』
  <聖書の言葉> ダニエル書 11:36-39/旧約聖書
タグ:聖書のお話
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