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愛されるために生まれたあなたへ・・・。   私たちは、栃木県小山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。

『どこまで関われるか』(近所のおばあちゃん:その2) [エッセイ/共に喜び、共に泣いて]

◆ 私が出会った人たち ◆ <連載 8>


 教会の近くでのおばあちゃんとの小さな出会い。これを機会におばあちゃんは礼拝に来てくれるようになった。ただ、一人暮らしで、心臓に病気もあり、地面を擦るようにして歩く姿を見ていると、いつどこで転ぶかわからない。心配になってきた。
 日曜日に教会で会う以外にも時々訪問するようになった。そしていつの間にか買い物を手伝うようになった。食料品などに加えて鳥の餌も必需品だったから…。また、通院に付き合うこともあった。
 何度も何度も自動車を出してサポートしてきたが、いよいよ心臓の病気のために入院する事態になってしまった。やはり一人暮らしはもう無理かと感じた。
 仕方のないことだったが、おばあちゃんの通帳を預ることになり、お金の管理を引き受けた。唯一人と言ってもよい親戚の方と連絡は取れたが、全部こちらに任せると。もちろんお金の管理の仕方も含めて…。
 お見舞いに行った時、思いがけないことが起きた。おばあちゃんから「私の通帳、見せて!」と言われたのだ。そしておばあちゃんから「泥棒!」と叫ばれてしまった。
 実は、ATMが使えない通帳だったので、親戚の承諾を得て、私名義の口座を開設して管理を始めた矢先だったのだ。
 まさかこんなことが…。理由も何も一切聞く耳なし。全てを元に戻した通帳を見せるしか方法がなかった。長い付き合いのおばあちゃんとの間に生じた亀裂…。落ち込んだ。ただ、同じ病室の方から同情の声をいただけたのが唯一の救いだった。
 どこまで関われるのだろう…、そんな難しさを経験した。しかし、放っておくわけにはいかない。何を言われてもこの関わりが終わることはなかった。    

〔2016.12/ほっとひと息・第108号〕

タグ:エッセイ
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